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1.ある町のはなし
 
 
 
「…そういえば以前、変わった町に行った事があります」
 
 語りはじめたリカルドに、男は「お」と嬉しそうに目を輝かせた。
 
「変わったって、どのへんが?」
 
 リカルドは、記憶の町を思い起こしながら答えた。
 
「…町の各家の隣に、必ず一本大きな木がありました」
 
「変かそれ?」
 
 問う男に、リカルドは少し悩んで返した。
 
「木は、普通でした。しかし町の人たちが、必ずその木の下にいたんです」
 
「日焼け対策じゃねえの?」
 
「それならまず外に出ずに、室内にいるでしょう。それに、彼らは何故かその木の下から、じっと私を見つめていました」
 
「…旅人が珍しかったんだろ。きっと」
 
 男は少し不安気な表情で声を詰まらせてから言った。自分から怪談を振っておいて、あまり得意ではないのだろうか。
 
「…あと、彼らは変わった言葉で話していました」
 
「変わった言葉?」
 
「ええ。私が町に入ってすぐ、門前の民家の木陰に女の子がいました。私が宿の場所を尋ねると、その子は『町の奥にあった』と」
 
「あった? 今はねえのかよ?」
 
「いえ、その子の言うとおり、宿は町の奥にありました」
 
 男は不思議そうに首を傾げた。リカルドは話を続ける。
 
「私は宿の前の木陰にいる主人に、この宿で夕食もとれるかと聞きました。すると主人は『食事ができた』と言うのです」
 
「…確かに変だな」
 
「私は不思議な町だと思い、主人にこの町について聞きました。主人は『明るく緑の綺麗ないい町だった。織物とワインが有名だった。それほど栄えてはいないが穏やかで、皆とても暖かかった』と…」
 
 男は、もう言葉を挟まず、話の続きを促した。
 
「…ただひとつ、おかしくない言葉がありました。宿の主人が、話の後に言ったんです。
 『あなたも、ここで休みますか?』と」
 
 男が、焦ったように口を挟んだ。
 
「ちょっとまて、お前、それになんて答えた」
 
「当然、はい。と」
 
 そこまで言って、リカルドは少し困ったような苦笑を挟んで続けた。
 
「…答えようとしていたんですが」
 
「ん?」
 
「急に背後から走り寄って来た男が、私の肩を掴んで怒鳴ったんです。『お前、なにこんなとこでサボっているんだ』って」
 
「はあ?」
 
「その男は、今度は主人に向かって『こいつはまだ休ませる訳にはいかないんだ』と勝手なことを言って、そのまま私を無理やり町から連れ出しました」
 
「なんだ、人攫いか?」
 
「…男は何も言わず、広い街道まで私の手を引いていきました。そして、街道に出てやっと口を開いたのですが…彼の言うには、私は地面に立った木の枝に話しかけていた、と」
 
 え、と男が声を漏らした。
 
「あの場所には町なんて無かった。荒れ果てた空き地に、木の枝が無数に立てられていただけだった。と。…彼は私を見て、とっさに適当な事を言って連れ出してくれたそうです」
 
「…お前それ、ヤバかったんじゃねえの」
 
 呆れたように言う男に、リカルドはええまぁ…と苦笑した。
 
「…ヤバかったのでしょうね。その人が言っていたのですが、私が話していた木の枝の下の地面から、白骨化した人の手が覗いていたそうです。…まるで、私に手を伸ばしているように見えたと…」
 
 あの人は命の恩人かもしれませんね。リカルドは何故か少し寂しそうに呟いた。男は何も返せなかった。
 
「私は、街道の先の国についてから、官吏にその町の話をしました。官吏は話を聞いて、町についてこう話していました。
 その場所は昔、この国の領土で、隣国との国境近くにあった。しかし、その町が隣国から攻められた時に、兵を送ることができず見捨てられた地だと。…その歴史は、公にできず葬られたと。犠牲となった町の人々を弔うことすらせず、木の枝一本だけど墓標として」
 
 聞いていた男は「最低」と舌打ちして俯いた。
 
「しかし、この町の話を聞いて、国の人たちが手厚く送ってくれたそうです」
 
 男は息をついて、そうか。とだけ返した。
 
「…あの町ももう、いつまでも過去に囚われることは無くなったでしょうか?」
 
「…そうだといいな」
 
 二人の間に沈黙がおりた。窓を叩く雨音と、風に軋む音がいっそう大きく聞こえた気がした。
 
「…涼めました?」
 
「…いまいち…」
 
 どこか寂しい町の話は、涼むという目的には向かなかったようだ。どこか居心地の悪い空気に、湿度だけが無駄に上がったような気がした。
 
 
 

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