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4.『出る』と噂の宿
 
 
 
「『出る』と噂の宿? またベタな」
 
 男は呆れたように言った。
 
「開かずの何号室…とかそんなんか。で、どんな部屋に出るって?」
 
「それが全室もれなく」
 
「まさかの貸切!? リカちゃんそれ宿じゃねえ。お化け屋敷だ」
 
「しかも、そこが町で唯一の宿で…なんとしても、そのいわくつきの宿に泊まるしかないと」
 
「いや、民家に泊めてもらうとか、そういう選択肢はねぇのかよ」
 
「当然、町の方々にも泊めていただけないかと交渉しました。…ですが、どこも旅人を泊める訳にはいかないと…」
 
「冷てぇ町」
 
「…以前に強盗にでもあったとか、何か事情があったのだろうと思いました。あまり無理を言う訳にもいかなかったので、覚悟を決めて、いわくつきの宿に入るしかないと」
 
「勇ましい決断だなオイ」
 
「そして、私とその他大勢の旅人たちは、塩を持って宿の扉の前へ」
 
「なんかいっぱいいた! そんなに需要あるなら宿もっと立てりゃいいのに。…てか、なんで塩?」
 
「宿前で途方に暮れていた旅人たちをまとめて、宿に突入するよう先導した男性が言っていたんです。幽霊は清めた塩で退治できると」
 
 うさんくさ。と男は吐き捨てた。
 
「塩ごときに屈するのはナメクジくらいだと思うが」
 
「とにかく。私たちは重い扉を開けて宿の中に入りました。中に入ると空気が重い…というのでしょうか…とても不気味な雰囲気でした。広い館内を探索するため、私たちは二手に分かれて…」
 
「ちょっと待て。どこのダンジョンの話だ」
 
「ダンジョンではなく宿屋です。…まるで使われ無くなってかなり経った古城のようでしたが…」
 
「紛う方なくダンジョンじゃねえか」
 
 なんで疑問に思わねぇのお前。と呆れた口調の男を気にせず、リカルドは続けた。
 
「私は二階の一番奥の部屋を調べるように言われて、入り口からかなり遠くの、館の一番奥の部屋へ向かいました。通路を奥へ進むにつれ、窓と明かりが無くなって、昼間でも暗い通路の先に、鉄の扉がありました」
 
「おかしいな。俺の知ってる宿屋と違う」
 
 男は、もはや諦めた目で抑揚無く呟いた。
 
「そして、扉を開けて中に入ろうとしたのですが…気がつくと、私はその部屋の中で倒れていました」
 
「どういうことよ」
 
「恥ずかしながら、扉を開けた瞬間に気を失ったようです…おそらく、扉に罠が仕掛けてあったんだと…」
 
「宿の扉になんで罠張ってあんだよ。…ああ、宿じゃなくてダンジョンだったか。なら仕方ない」
 
 なにやらひとりで納得している男。
 
「目が覚めても、体は痺れて満足に動かせず、武器も荷物もありませんでした。そして、目の前には、先ほど一緒に宿へ入った旅人たちがいました。彼らは私に武器を突きつけ、私の後ろに目をやって言いました。『金はもらった。もうお前に用は無い。後ろでお仲間が待ってるぞ』と。…振り向くと、たくさんの……遺体がありました」
 
「…まあ、そんなオチだと思ったけどよ。下衆い盗賊にでも嵌められたってことか」
 
「…幽霊ではなく盗賊の出る宿…だったようです。こうやって旅人を騙してアジトへ誘い込み、金を奪い…そして命も奪っていた。奴等は笑いながらそう言っていました。そして、私に向かって剣を振り上げて……」
 
 リカルドはその瞬間を思い出し、目を伏せた。
 
「…避けることはできそうにありませんでした。その瞬間、何を考えたかは思い出せませんが…ああ、もう駄目か。と思ったような気がします…しかし、そのとき……『出た』んです」
 
「出たって…ホンモノが?」
 
「いえ、私の旅のつれが」
 
「そりゃ出たって言わねえよ」
 
「数日前に滝つぼに蹴落としたはずの、ですよ!?」
 
「お前仲間になにやってんの!? そりゃ化けて出ても仕方ねえよッ!」
 
「まあ何故か彼は生身でしたが…彼が私の武器を取り返してくれたので、私はなんとか窮地を脱しました。そして翌日、町長に話をしたんですが」
 
「いや待て。何さらっと後日談入ってんの。お前襲った盗賊は?」
 
「町長いわく、彼らもあの盗賊たちに脅されて、止む無く旅人を追い返していたのだと。以前は隠れて旅人を匿っていたそうですが、盗賊に知られてしまえば、町の人々が襲われてしまう…」
 
「なぁ盗賊は?」
 
「毎日盗賊たちの脅威に怯えながら暮らしていたそうです。これからは安心して暮らせると、とても喜んでいました」
 
「無視かよオイ。何流そうとしてんだ」
 
 しつこく食い下がる男に、リカルドは根負けしたように嘆息して応えた。
 
「一人残らず探し出して、二度と非道な真似などできないようにしましたが。何か?」
 
 おお怖。男はおおげさに怯えてみせた。リカルドは男を睨んで言った。
 
「私は命までは奪ってませんよ。…しかし、あの宿の奥の部屋には、十人以上のご遺体がありました…そんな非道を行ってきた奴等を、許せるはずがないでしょう」
 
 このお人好し。と苦笑する男を、リカルドは何故か、少し寂し気に見ていた。
 
 
 
 
 
「そういえば、これと似たような話を聞きました。そちらは噂話を聞いただけですが。この町を出て数日後、隣国で偶然耳にしたのですが。…ある宿に、『出る』らしいと」
 
「何が?」
 
「鬼」
 
「へー」
 
「怖いですよね」
 
「お前がな」
 
 え? と首を傾げるリカルド。男は思った。聞いたこともない噂話だが、きっとそれは、鬼の様な男が宿にいた旅人数十人を襲った。とかそんな話なのだろう、と。怖い話ってのはこうやってできてくのかねぇ。と男は苦笑した。
 
 
 

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