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5.人形
 
 
 
 これは私が旅先で聞いた話です。
 
 辺境の山間にある小さな村。その村には、変わった風習がありました。村の家には必ず一体の人形があって、その人形には先祖代々の魂が宿っていると。村人は皆そう信じ、大切な人の魂へ毎日その日のことを語りかけ、朝と晩に挨拶をして、それは大事にしていたそうです。
 
 
 ある日、村の子供が「遊びに行ってくる」と母親に声をかけました。母親が「今日は誰と遊ぶの?」と聞くと、子供は「ノーラちゃんと!」と笑顔で答えました。「ノーラ?」と母親は驚きました。その名前は、母親にとっての祖母…この子が生まれる前に亡くなった人と同じ名前だったからです。「…その子は、新しいお友達?」と聞くと、子供は違うよ! と声を上げました「昔からずっと友達だよ!」。母親は不思議に思いました。すると、子供は焦れたように話を打ち切り、家にあった人形を持って家から出ようとしました。母親は慌てて止めました。「そのお人形は大事なものだから、持って行っちゃだめよ!」。しかし、子供は制止も聞かず出て行ったそうです。「ノーラちゃんと一緒じゃなきゃやだ!」と言って…。そしてその日、その子は家に帰って来ませんでした。
 
 翌朝、その家には何故か、子供が大事に抱えていったはずの人形だけが、元の場所へと戻っていたそうです。
 
 その日、今度はその母親の母が、急に人形を持って出かけると言い出しました。「あの人が久しぶりに外を散歩したいと言うのよ」と嬉しそうに言って。母親は、それが去年亡くなった自分の父であると分かり言いました。「お母さん、急に何を言い出すの? お父さんは…」母親がそう言っても聞かず、彼女もまた人形を持って出て行ってしまいました。
 
 そんな事が、その二日間で村中で起こったそうです。最初は子供と老人が、人形を持って出かけたまま戻って来ないと。そして、最初はその事を不思議に思っていた大人たちまでも次々と、人形を手に家を出て行きました。
 
 
 
 
 
 そして、その日の夕刻。村に残った人は、たったひとりだけとなっていました。
 
 村にひとり残っていたのは、ある少女でした。
 少女は人形と村を出ることはありませんでした。何故なら、彼女は人形が大嫌いで、家にあった人形を燃やしてしまったからです。
 彼女は幼い頃に両親を亡くしました。寂しさに泣き続ける彼女を慰めようと村人が「この人形にお父さんとお母さんがいるんだよ」と言っても聞き入れられず、その人形を燃やして捨ててしまったそうです。…彼女も辛かったんだと思います。会いたくても両親に会えない。話しかけても答えてくれない人形が、両親の変わりだと言われても、受け入れられなかったのでしょう。
 村から人がひとり、またひとりと消えて行くのを見て、少女は家でひとり怯えていました。この村では何か良くないことが起こっている。彼岸にいる人の魂を宿した人形が、寂しさから生きている人を攫っていくのでは? 大人たちはそんな話をしていました。そして、その大人たちまでも、今は人形と共に村から消えて行きました。
 少女は、人形を焼いたことを思い出しました。きっと、今私がここにいるのは、人形がここにないからだ。そう思っても、彼女から不安は消えませんでした。
 
 日が落ち、外が暗くなる頃、少女の部屋の窓をコツン、と何かが叩きました。コツン、コツン、としばらく経つとその音はまた鳴りました。雨だろうか? 少女がカーテンを空けるとそこには、燃やして捨てたはずの人形が、黒く焦げ、もはや形もままならぬ状態で、窓に張り付いていました。「ひぃ…ッ!」少女は声にならない悲鳴を上げ、窓から離れました。窓からはコツン、コツンと音がします。人形が窓を叩いているのです。そして、窓がゆっくりと開かれ、人形が部屋へと入って来ました。少女が恐怖で座り込んでいると、黒焦げの人形は、ゆっくりと、少女に近づいてきました。…そこで、少女の意識は途絶えました。
 
 少女が目を覚ますと、そこは森の中でした。今のは、夢? 起き上がり、暗い森の中を見回すと、足元に、あの黒焦げの人形が立って、じっと自分の方を見つめていました。「ああああッ!!」少女の悪夢は、終わってはいませんでした。少女は恐怖に縺れる足で必死に逃げようとしましたが、足が動きません。その黒焦げの人形が、彼女の足にしがみつき、信じられない力で抑えていたからです。彼女は泣きました。泣いて人形に謝りました。「ごめんなさい! ひどいことしてごめんなさい! だから許して! 殺さないで!!」しかし人形は彼女の足を離しません。そして、人形は壊れた口をカタカタと鳴らしながら言いました。
 
 「絶対に、離さない」と。
 
 少女は泣き叫び、そのうち再び意識を失ったそうです。
 
 
 
 
 
 少女が再び目を覚ますと、そこは同じ森の中でした。かなり時間が経ったのか、木々の間から覗く空はうっすらと明るくなっていました。まわりを見回しても、黒焦げた人形の姿はありませんでした。少女は立ち上がり、森の中を少し歩きました。すると、村の人たちが同じように森の中に倒れていました。村の人たちは皆同じように、目が覚めたらここにいた。と言います。結局、森の中には村の人全員の姿がありました。
 
 村人たちはしばらく、不思議だ不思議だと首を傾げていましたが、やがて村へ帰ろう。と移動をはじめました。この森は村のすぐ近くの森だったので、村人は皆一緒に、迷うことなく村に戻りました。
 
 しかし、村へ戻ると、その景色は一変していました。
 
 いえ、もはや村と呼べるものは無くなっていたそうです。…ひどい土砂崩れが村を襲い、一晩にして村は土砂に飲まれ、埋まってしまったと…。もし、村の人たちがいつもと同じように暮らしていたら、彼らも間違いなく土砂の下敷きとなっていたそうです。
 
 あの人形にはきっと、本当に先祖代々の魂が宿っていたと思います。大切な人たちの命を守るために、人形の姿を借りて助けに来たんだと…。
 
 あの、少女もそう思ったのでしょうね。彼女は、自分の代わりに土砂に埋まっていた黒焦げの人形にすがりつき泣いたそうです。父と母の名を呼びながら…。
 
 
 
 
 
 …いい加減、うっとおしいから布団に包まってないで出てきて貰えます? 涼めたようで何よりですが。
 
 
 

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