[ メニューへ戻る]


 図書館の奥、古い本に視線を落としていたリカルドは、安堵の息と共に、確信と達成感を込めた言葉を吐き出した。
 
「…間違いない。この場所だ」
 
 リカルドは真剣な視線を、本から机に広げた古い地図へと向けた。ペンを走らせ地図に印と文字を書き足すと、どこか満足気に本を閉じた。そして、本を元通り本棚に納めると、地図を手に図書館をあとにした。
 
 
 
  3.宝の地図(1)

 
 
 街の裏手の森を抜け、開けた場所に建つ遺跡のさらに奥。崩れた瓦礫の下に隠された地下通路を通り抜けた先に、煉瓦で造られた古びた屋敷があった。
 
 地図を手にして屋敷の前に立つリカルドは、呆然と目前の屋敷を仰いで呟いた。
 
「………私は、いったい何を」
 
「…いや、ホントにな」
 
 背後から呆れたような声が聞こえた。驚いて振り返ったリカルドの視線の先に、見飽きた姿があった。「旅のつれ」を自称するマリアは、困ったような呆れたような複雑な苦笑を浮かべて、同じように目の前の屋敷を眺めていた。
 
「いつからそこに」
 
「この場所にってコトならたった今。リカちゃんの後ろにってコトなら、今朝からずっと?」
 
「過度の追尾行為は犯罪です」
 
 いえそれ以前に、とリカルドは思い出したように、言葉に怒気を込めて相手を睨み付けた。
 
「盗んだ財布を返しなさい犯罪者」
 
 マリアは降参。と両手を挙げて見せ、それから大人しく財布を差し出した。
 
「言っとくけど。使っても開けてもないぜ」
 
「なら、意味も無く盗むのを止めなさい。…大体どうして貴方が後から来るんですか」
 
 もとより、リカルドがこの場所へ来た理由は、この場所にいるマリアを追う為だった。正しくは、マリアに盗まれた財布を、だが。朝、宿屋でリカルドが目を覚ますと、自分の財布とついでにマリアが見当たらない。「ここでまってる」と書きなぐられた古びた地図だけが残されていた。しかし、待っていると言ったマリアは何故か後から現れた。
 
「…いや最初はな、宝の地図手に入れて、こりゃ探すしかねえと見てみたんだが…何書いてあんのかさっぱりわからねぇ。もしかして、リカちゃんなら分かるかもなって」
 
 けど、素直にこの地図解読してってお願いしても聞いちゃくれないだろ? だからまたお財布さん失敬して、その地図置いてきたんだけどよ。と悪気無く、しかし睨みつけるリカルドから目を逸らしたまま、マリアは答えた。
 
「けど正直、軽い悪戯みたいなつもりだった」
 
 宝の地図なんてそう簡単に解読できるようなモンじゃねえし。実際俺には意味不明だったしな。と笑いながらマリアは続けた。
 
「ちょっと物陰に隠れて様子見て、リカちゃんが困るの見て楽しんだ後、すぐ出て来て財布返すつもりだった…そんな睨むなよ。からかおうとしたことは謝るって。悪かった」
 
 とにかく、冗談のつもりだったんだ。盗人はそう白状して、しかし困ったように続けた。
 
「まさか、即座に図書館篭って解読はじめるとは思わなかったし、さらに解読できると思わなかったし、速攻で現地向かうとも思わなかった」
 
 出て行くタイミング逃して眺めてたんだが、なんかヘンなモンに取り憑かれちゃいねえかと心配になったくらいだ。と少しすまなそうにリカルドを伺いながら言った。
 
「リカちゃんさ…負けず嫌いだろ」
 
「…どこかの悪党に奪われた財布を取り戻したかっただけです」
 
 呆れたように息を吐き、リカルドはマリアの横を通り過ぎ、元来た道を引き返そうとした。
 
「ちょっと待て! なに帰ろうとしてんだよ! むしろこれからだろ!?」
 
「私の用は終わりました。そんなに宝探しがしたいなら、お一人で、どうぞ」
 
「宝探しに興味がねぇとは、男のロマンの分からんヤツめ。それともこの地図、信じてねぇの? これはな、王宮の宝物庫から拝借したマジモンの…」
 
「お前は何をやってるんだ」
 
 マリアはふと寂しげに目を伏せて言った。
 
「…なあ、リカちゃん。お前は誤解しているようだがな。俺は、この地図を盗んできた訳じゃない」
 
「先ほどはっきり自白したでしょう」
 
「俺はこの宝の地図を、暗い宝物庫の中から救い出して来たんだ」
 
「盗人猛々しいにも程がある」
 
「まあ待て。この地図書いたヤツはどんな気持ちでコレ作ったと思うよ? 宝の在り処なんて自分だけの秘密にしときゃいいものを、わざわざこうやって手間かけて遺したのは何故だ? ……自分の中で消えちまうのが、惜しかったからだろう」
 
 マリアは、古い地図を掲げて木漏れ陽に透かし、それを眩しそうに眺めながら呟いた。
 
「コレ書いたヤツはさ、金庫の中で大切にしまい込んで欲しい、なんて思っちゃいねえだろうよ。誰かに探して欲しいから、こんな地図遺したんだろ。なら、探してやらなきゃ可哀想だ」
 
 てワケでリカちゃん。とマリアはリカルドへ向き直った。ニヤリと笑って、手を差し出した。
 
「この屋敷の中、入ってみようぜ」
 
「お断りです。何故、私まで巻き込むんですか。勝手に行けばいい。できればそのまま戻って来ないでください」
 
「お前と一緒じゃなきゃ意味がねえんだよ! いいから行くぞ! ほら騙されたと思って!」
 
 
 
 
 
 
「騙されました」
 
「すいませんでした」
 
 屋敷の部屋の中。リカルドはどこまでも冷めた声で言った。
 屋敷へ入ると、ほとんどの部屋は何故かしっかりと施錠されていた。唯一鍵のない部屋を見つけ中へ入ると同時に、1つしかない部屋の扉は重い音を立てて閉まり、開かなくなった。
 
「この地図を書いた人が…なんでしたっけ?」
 
「…まあ、間違いなく、しまい込んで欲しくはなかっただろうな。たどり着いた誰かに、罠に嵌って欲しかったに違いねえ。とんだ性悪だ」
 
「で、どうやって出るつもりですか。これ」
 
 部屋の扉はびくともしなかった。二人が閉じ込められた部屋には、そこかしこに怪しい調度品や仕掛けのようなものがあった。さらに、部屋の中央の机には、でかでかと『爆破スイッチ』等と不穏な注意書きのされた赤いボタンまであった。
 リカルドは、いかにも扉の鍵が隠れていそうな、風景絵に触れようとして、思い止まった。宝の地図を偽装して人を罠に嵌めようとするような「とんだ性悪」の仕業とすれば、うかつに触れては何がおこるか分からない。
 
「ああ…なんかいろいろ、それっぽいモンはあるんだが」
 
「何が起こるかわかりません。勝手に触らないでください」
 
 いやそれが妙でな。と首を傾げてマリアは続けた。
 
「扉脇のレバー下げたり、椅子の足の下に貼り付けてある鍵使ってみたり、本棚の妙に目立つ赤い本の中にあった宝石を彫像の裏のくぼみに嵌めてみたり、部屋の16箇所に隠されたボタンをそこの絵の暗号解いて順番通りに押してみたりしたんだが、全部ポケットティッシュ出てくるだけだった」
 
「命に係わるトラップがなかったことを、とんだ性悪に感謝なさい」
 
 いつのまにそんなにやったんだこの男は。リカルドは深く息を吐いた。
 
「もう貴方は動かないでください」
 
 そうきつく言い放って睨むと、マリアは床に散らばる無数のピンク色の包み―マリア曰くのポケットティッシュらしき物体を、行儀悪く足で蹴って部屋の端に寄せながら、何やら考え込んでいた。
 
「んー…でもこのティッシュ、危険かも」
 
「…毒でも塗ってあるんですか?」
 
 それは分かんねえけど、とマリアは足元の物体を足でつつきながら、
 
「…俺がさっきそこのレバー引いたとき、出てきたティッシュは1個だった。で、次やらかしたときは2個出てきた」
 
「増えてる」
 
「さらにその後は…何故かティッシュは4個出てきたんだ」
 
「…倍?」
 
「…次うっかりいらんことしたら、500個くらい出てくるはずだから、端から全部試していったらそのうち俺たち埋まるかも」
 
「何回うっかりいらんことしでかしたんですか貴方は!」
 
 
 
 
 
 
「まあなんだ…埋まる前に出られてよかったな」
 
「半分以上埋まりかけましたけどね」
 
「無事出られただけでもいいじゃねえの」
 
「部屋が爆破、屋敷が半壊。これを無事と呼びますか貴方は」
 
 半分が瓦礫の山と化した屋敷を呆然の眺めながら、リカルドは冷めた声で返した。
 
「…仕方ねぇだろ。どこ調べてもカギは開かずにティッシュが出てくるだけ。結局、あの爆破スイッチ押すしかなかったんだ。ひでぇトラップだった。あー残念。まだ全く調べてねえのに、こっち半分にあったもんは全部燃えるか埋まるかしちまっただろうな」
 
 残念そうに瓦礫を眺めていたマリアは、ん? と声を上げて瓦礫に近づき、しゃがみこんだ。
 
「何か、あったんですか?」
 
「燃え残った紙切れが……………こりゃすげえ」
 
 マリアは真剣な視線を拾い上げた数枚の紙片に落としながら唸った。リカルドはそれを不気味なものを見る目でみて、少しためらってから嫌そうに尋ねた。
 
「…なにが、あったんですか」
 
「リカちゃんも見る? ものすごくえっちな本の切れ端」
 
「お 断 り し ま す」
 
「勿体ねえ。ちなみにとてもマニアック。…まあ…これもある意味、男のロマン、か…」
 
 なにやら納得するマリアを、馬鹿なことを言わないでくださいと切り捨てて、リカルドはふと、ある可能性に気づいた。
 
「……まさか、この宝の地図は、最初からそれを葬るために…?」
 
 この地図を遺した人物は、自分の死後、その『男のロマン』をどうにかして人目に触れぬように消し去りたかったのだろうか。
 そんなオチかよ!? と紙切れを投げ捨てて振り返るマリアを見て、リカルドは淡々と言い放った。
 
「ある意味、貴方の言うとおり『誰かに探して欲しかった』のでしょうね。間違いなく。満足ですか?」
 
「嫌味かそれは。誰がこんなオチで満足するかって。結局宝なんて無かったのかよ!」
 
 悔しそうに叫ぶマリアに、いいえ。とリカルドが答えた。
 
「宝ならありましたよ」
 
「どこに」
 
「ここに」
 
 そう言ってリカルドが鞄から取り出した物は、ちいさなピンク色の包みだった。
 
「…てなんだ、さっきのポケットティッシュじゃねえか。お前、拾って来たの?」
 
 期待して損した。と拗ねるマリアに構わず、リカルドは続けた。
 
「埋まったとき、偶然荷物に紛れ込んだようで…この中に入っている紙、見てみました?」
 
「いや…だからティッシュだろ?」
 
「紙幣でした」
 
「なにー!?」
 
 リカルドは包みを破って見せた。中にはこの辺りで流通している紙幣がぎっしりと詰まっていた。
 
「つまり…私たちは先ほどまで、紙幣の山に埋もれていたことに」
 
「取りに戻るッ!!」
 
「無駄です。先ほどの爆発で、卑猥な本もろとも木っ端微塵」
 
 残念でしたね。と切り捨てると、落胆し膝を付くマリアを一瞥して、リカルドは屋敷に背を向けた。
 
 朝から散々振り回され、くだらないオチを迎え、見上げた空は既に暮れかけていた。まったく散々な一日だったが…と思い返しながら、リカルドはもう一度だけ背後を振り返った。本当に悔しかったのか、マリアは未だ瓦礫の山と化した屋敷を眺めていた。その姿を見て、ほんの少しだけ溜飲が下がるのを感じて、これでは地図を遺した「性悪」と変わらないではないか、とそんな自分を恥じた。
 
 
 
 
 
「ちくしょー! ホントになんにも収穫無しかよ!?」
 
 どうしても諦めきれず、半壊した屋敷に潜り込み、なんとか屋敷の形を保っている部分を調べながらマリアは不満を叫んだ。崩れかけた廊下を進むと、目の前の扉がほんの少し開いているのが見えた。
 
「…て、あれ? 開いてる?」
 
 爆破の影響か、最初に調べたときには閉じていた扉が壊れおり、軽くノブを引くと、難なく扉は開いた。薄暗く埃っぽい部屋の中、窓際の机の上に、一枚の古びた紙が広げてあった。
 
「これは…もしかしてまた、宝の地図!?」
 
 マリアは嬉しそうに地図を手に取ると、素早く鞄に仕舞った。そして、先ほどまでの落ち込みはどこへやら、次の宝探しの算段を立てながら、足取りも軽く屋敷を抜け、リカルドを追って走り出した。
 
 
 

[ メニューへ戻る]