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 夜の帳が下りる中、その町は闇に沈むことなく淡く輝く。
 
 広場の中心に建つ、白い石で造られた時計塔は、全体がふわりと光を放っていた。時計塔を囲う噴水は蒼く光って、夜空にきらきらと輝く雫が舞う。
 広場に並ぶたくさんの露店の店先のランプは幻想的な光を灯し、露店を訪れる客もまた、色とりどりのランプを手にして薄闇を照らした。
 妖精が営む露店には、見たこともない美しい花が並び、それを竜の子供が買っていく。
 小人の奏でる陽気な楽が響き、鳥人が澄んだ歌声を乗せた。
 
 二人が辿り着いた場所は、まさに『おとぎの国』だった。
 
 
 
  5.宝の地図(2)
 
 
 
 門の前に立って、その先の幻想を見る。それは、幼い頃に見た絵本に似ていた。
 
 実は、死後の世界でした。等というオチでないことを心から祈りながら、リカルドは隣で歓声をあげる男をうんざりと睨め付けた。
 もう一歩進めば町の中。という場所に二人は立っていた。リカルドは、その一歩が踏み出せなかった。いや、できれば踏み出すことなく、そのまま元来た道を帰りたかった。
 
「うわぁ。なんだこれ。祭かなんか?」
 
 マリアはいかにも興味津々、と嬉しそうな声をあげ、覗き込むように門の先の町を眺めた。視線の先には、隼の頭をした男性がたくさんの風船を配り歩いていた。
 
「仮装…じゃねぇよなぁ…」
 
 通りを歩く一角獣の親子を、そして噴水の池を泳ぐ人魚の少女を眺めながら、確認するように呟いた。そんなマリアに、リカルドは眉をひそめた。
 
「ここは、いったい何ですか?」
 
「…えーっと……なんだろうな?」
 
「貴方の、案内で、ここまで連れてこられたのですが?」
 
 人の荷物を盾にとる悪党に、否応無しに。と低く言葉を重ねた。隣から向けられる怒気に身をすくませて、マリアは居心地悪そうに目を逸らした。
 
「…それはお前が、勝手に行けとか、戻ってこなくていいとか、その間に置いて行くとか冷てぇコト言うから…。ともかく、俺もよく分からねぇんだって。コレ、書いたヤツに聞いてくれよ」
 
 マリアは、手にした一枚の古い地図に視線を落とした。数日前に訪れた古い屋敷で手に入れたものらしい。マリア曰くの『宝の地図』に導かれ、町を離れ、道なき道を行き、そして気がつけば、この不思議な町の門の前に立っていた。とんだ不思議の国へのチケットを手に入れてしまったものだ。
 
「まぁ…なんか期待してたのと違うけどよ。楽しそうだからいいじゃねえか」
 
 マリアはそう言って、リカルドの腕を引くと、門をくぐり、その先の広場へと向けて歩き出した。
 
「待ってください! こんな訳の分からない場所に入る気ですか!?」
 
「お前、こんな面白そうなとこに来て、見なかったことにして帰る気か!? …世界中旅してまわってるってわりに、冒険心の足りないヤツだな」
 
「私は”冒険家”ではなく”外交官”として世界をまわっているんです。冒険心など無くて当然でしょう。一官吏に、そんな無駄なアグレッシブさを求めないでください」
 
「……”外交官”ってのは、ハルバードで石壁ぶち抜くような、無駄にアグレッシブな職種だったか?」
 
「…アレは仕事で仕方なく…」
 
 などと、くだらない皮肉の応酬をしている内に、腕を引かれるまま、気がつけば広場の中心に立っていた。
 そこは、門の外から眺めたときよりずっと不思議で美しかった。音楽にあわせて舞い踊る妖精の翅は鱗粉が光をはじき、人魚は七色に輝く泡を戯れに空に放つ。薄闇の中にあっても、幻想的な光につつまれているようだった。
 
 二人はしばらくの間、言葉もなく、あたりを包む光を見ていた。
 
「…なぁ、リカちゃん」
 
 マリアは珍しくおさえた声で呼びかけた。しかし、リカルドはそれに応えなかった。もう少し、この夢のような世界を、静かに眺めていたい。不思議とそんな気持ちだった。マリアは、一息置いて言葉を継いだ。
 
「光、綺麗だな」
 
「…そうですね」
 
 返ってきた応えに微笑むと、マリアは目を閉じて、流れる歌と楽を聞いた。
 
「この音楽も、なんかいいよな。目ぇ閉じてても、夢の中みたいな感じがして」
 
 つい、倣うように目を閉じた。聞こえてくる楽器の音と澄んだ歌声に、不思議と暖かさを感じた。
 
「…そう、ですね」
 
「不思議だけど、悪い気分じゃねえよな?」
 
「………はい」
 
 応えは自然と零れ出た。それに小さく、嬉しそうに笑う声が聞こえた。
 
「…なあ、リカちゃん」
 
「…はい」
 
「…これからも、一緒にいてもいい?」
 
「お断りします」
 
「即答!? 血も涙もねえなお前ッ!」
 
 
 
「ん?」
 
 広場の中心からあたりを眺めていると、ふと、何かに惹かれたようにマリアが露店のひとつへと近づいていった。夜空のような深い蒼のテントの下、地面に広げられた織物の上に、いくつものアクセサリが乗せられていた。店員の姿は見えない。マリアは膝を付いて、その中のひとつをじっと見ていた。
 不思議の町の中心に、ひとり取り残されても困る。リカルドは仕方なく、マリアを追って露店へと近づき、彼が食い入るように見つめているものを見た。
 露店の一番端。目立たない場所に、指輪が値札も無く無造作に置かれていた。まわりに並ぶ意匠をこらした精巧な装飾品とはかけ離れた、何かの石を輪の形に削っただけの蒼い指輪だった。
 
「…その指輪が気になるんですか?」
 
 問いかけに、首を傾げながら「んー…」という、なんとも歯切れの悪い返事が返された。
 
「…なんっかこの指輪…俺に語りかけてる? ような気がするんだよなぁ…」
 
 と不思議そうに指輪を睨んでいた。
 
「指輪の方から買ってくれ。と訴えている、と? …まるで子供の言い分ですね」
 
 呆れたように言うリカルドに、マリアは違ぇよ。と不満気に振り返った。
 
「そういうのじゃねえって。なんか、ここの店主が冷たいとか、店の端に置かれてるから雨かぶって傷むとか、……俺みたいな男に見つめられても嬉しくないとか、すげえ文句たれてる」
 
「…具体的ですね」
 
 リカルドは、膝を付いて指輪の声に耳を傾けているらしいマリアを見ながら思った。そういえば以前も、同じような光景をみた気がする。あの時は確か…
 
「樹の次は指輪ですか。貴方の見ている世界は、さぞ賑やかなのでしょう」
 
「嫌味かよ。…信じてもらえないのは悲しいが、嘘じゃねえからな。だいたいな、俺だって好きで話しかけられてるワケじゃねえんだよ。お前、町出歩く度に見知らぬ死神とか浮遊霊とか道に落ちた納豆パックとかに声かけられる身にもなってみろってんだ」
 
「間違ってもなってみたくはありません。というか、まさかそれ経験談ですか」
 
「…まぁ、そんなことはどうでもいいや。なあ、リカちゃん」
 
「…何か?」
 
「この指輪、買って?」
 
「買いませんよ。何故、貴方に貢がなければならないんですか」
 
 考慮の余地すらないと頼みを一蹴されて、マリアは拗ねたように「ケチー」と呟き、再び指輪に視線を落とした。
 
「…そんなに気に入ったのなら買えば良いでしょう。ご自分で」
 
 それじゃ意味ねぇんだよ。と視線を落としたまま、相変わらず拗ねた声音が応えた。
 
「リカちゃんと旅したんだって、思い出」
 
 マリアは振り返り、リカルドの目を見て言った。その声は、いつになく真剣だった。
 
「…形に残る思い出ってヤツ、欲しいんだ。離れても、忘れないように」
 
「…意外です。離れてくださる予定があったのですか」
 
 疑わし気に言うリカルドに、マリアは一瞬、少し寂しそうな笑みを浮かべて。しかし気を取り直したように「いや、ねぇけど」と笑って返した。
 
 
 
「お客さん、その指輪、気に入ってくれた?」
 
 急に投げかけられた声に振り向くと、青年が微笑んでいた。この店の店主だろう青年は、人の好さそうな、ごく普通の人間の青年に見えた。この町に入って、自分たち意外の人間を見るのははじめてだった。
 
「いらっしゃいませ。お兄さん、人間だね」
 
「ええ。…あなたもそう、ですよね?」
 
 そうだよ。と青年は笑って答えた。
 
「俺、ここに住んで10年になるけど、人間のお客さんは初めてだよ。この町で人間って俺だけなんだ。なんか懐かしいし、嬉しいな」
 
 嬉しいついでに割引するよ。と愛想よく笑う青年に、リカルドは少しほっとしたような、しかしその言葉に余計に不安になったような、微妙な気分で問いかけた。
 
「あの、失礼ですが、この町はいったい…」
 
「店員さーん、この指輪、いくらすんの?」
 
 リカルドの問いを遮って、マリアが声を上げた。店員は困ったように笑った。リカルドは小さく嘆息して「後で伺います」と譲った。
 店員はマリアの示す指輪を見て、ああこれか。と笑った。
 
「その指輪はずいぶん前に、亀の爺さんから押し付けられたんだ。千年以上前に作られたモノらしいんだけど。…そのせいか、困ったことに精霊になっちゃったとかで」
 
「精霊? この指輪が、ですか?」
 
「永い年月を経た物には、稀に魂が宿って精霊になるんだってさ。永く大切にされたモノが意思と奇跡を起こす力を持つ。なんて話、聞いたこと無い? まぁとにかく…精霊になるのは構わないんだけど。その指輪の精霊、とにかく煩くってね。しかも口がとことん悪い。それで買い手がつかずに売れ残ってたんだ」
 
 俺には聞こえないんだけどね。と青年は苦笑した。
 
「そんなワケで、値札もつけられなくて。…もしお兄さんたちが買ってくれるなら、そうだな……100、でいいよ」
 
「100って…タダも同然じゃないですか」
 
「いや、いいんだ。このままこんな店の隅に追いやられてるより、指輪も幸せだと思うから」
 
 リカルドは、マリアを見た。自分で聞いておきながら、はたして店員の答えを聞いていたのか、彼は何かを想うように、ずっと指輪を見つめていた。
 
「…そんなにその指輪、気に入ったんですか?」
 
「うん」
 
 即答だった。指輪を見つめる横顔は真剣で、そして何故か寂し気だった。リカルドは、少し考えて、
 
「……買って差し上げましょうか?」
 
「……え!? …買って、くれんの?」
 
 驚いたような、しかし嬉しそうな。そんな声を聞きながら、リカルドはそちらを見ることなく、店員に硬貨を渡して、蒼い指輪を受け取った。
 
「餞別代りです。これで思い出にしてもらえるなら安いものだ」
 
「最低な別れ台詞だな。それ」
 
 手切れ金代わりかよ。と顔をしかめながら、マリアは指輪を受け取った。そして、手にした指輪を掲げて、光にかざしてまたじっと見つめる。
 
「…そんなに欲しかったんですか? その、しゃべる指輪」
 
「しゃべるから、じゃねえけどな。…なんかさ、似てるなって思って」
 
 マリアは指輪から、リカルドへと向き直って言葉を継いだ。
 
「リカちゃんに」
 
 石を削って作ったと思われる指輪。深い蒼に、ところどころ金の模様のある不思議な石だった。その蒼が、リカルドの瞳に似ているのだと、マリアは笑って言った。
 
 
 
 
 
 
 
 その後。場所は再び門の前。
 もう一歩進めば町の外。という場所に二人は立っていた。
 
 マリアは町を探索すると言い張ったが、それならば置いて帰ると切り捨てると、渋々といった様子でここまで戻って来た。
 
「結局、宝ってなんだったんだろうな」
 
 未だ未練の残る様子で、マリアは不思議の町を振り返った。
 肩越しに見る町は、来たときと何も変わらず、楽しげな音を奏で、闇夜に淡く光を放っていた。
 
「…この町そのもの…だったのかもな」
 
「…地図を遺した人が、見せたかった何か」
 
 倣うように、リカルドも町を振り返った。すこし離れて見る町の景色はやはり、幼い頃見た絵本の挿絵にひどく似ていた。遠い昔に感じた悼みと暖かい記憶を、リカルドは同時に思い起こした。
 
「前に、貴方が言っていたことです。ここに立って、同じように町を見た誰かは、自分の中だけでこの光景が消えてしまうのを、惜しく思ったのかもしれませんね」
 
 目を細めて町の明かりを眺めながら呟くリカルドに、マリアは気恥ずかしそうに目を逸らして「…かもな」と応えた。
 
 
 
 
 
 
 気がつくと、朝だった。
 
 数日前から借りている宿の一室。そのベッドの上で半身を起こしたリカルドは、狐につままれたような気持ちで、ことの顛末を振り返っていた。
 
「………夢?」
 
 それが結論だった。
 幼い頃に見た絵本の挿絵が、まさかこの年になって夢に出てこようとは。リカルドは、懐かしいような、すこし恥ずかしいような。未だ夢から覚めぬような気持ちを振り切るために起き上がろうとして…そのまま固まった。
 視界の先、隣のベッドには、未だよく眠っているらしいマリアの姿もあった。毛布から覗く指に嵌められた蒼い指輪に、先ほどの結論が崩れていく音が聞こえる。間違いなく、リカルドが買った露店の指輪だった。
 夢ではなかったのだろうか。結局、どれだけ記憶を辿っても、どうやってあの町にたどり着いたのか、どうやってこの宿まで戻ったのか、思い出すことはできないが。
 
 そういえば、あの『宝の地図』とは、どんなものだったのだろう。ふと気になって見回すと、ベッドサイドのテーブルの上に広げられた地図があった。
 
「これは……この辺り一帯の観光マップ?」
 
 それは、どう見ても宝の地図などではなかった。『観光名所巡り』と大きく銘打たれた地図は、かなり昔のものではあるが、間違いなくこの辺りの観光マップだった。
 
 あの男、いったい何をどう誤解して宝の地図等と思い込んだのか。
 むしろ、これをどう解読してあんな場所までたどり着いたのか。
 というか…
 
「結局、あの町は…なんだったんだ?」
 
 朝からどっと押し寄せた疲労感に、リカルドはうんざりと嘆息した。
 
 気だるい空気の中、蒼い指輪だけが朝の日差しをうけて、きらきらと輝いていた。
 
 
 

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