「馬肥ゆる秋。作物は実り、人々はその恵みを享受するんですよ。
1年で最も食料があふれ返っているから、馬でさえもその影響が出る……なんて、素敵な言葉じゃないですか。」
美しく枯葉舞い散る木々の中、青いレジャーシートの上に座った僧侶が、天を見上げて言いました。
その手には、視界の傍にある屋台で売っていた天津甘栗の入った真っ赤な紙袋が握られています。
「……あなたもそう思いませんか?」
普段の彼からは珍しく、非常に穏やかな笑みを浮かべていました。
しかし、話を聞いていた術士は違うようで、非常に不機嫌そうな顔を浮かべています。
「それはアレか。久しぶりの仕事をミスって報酬ナシでここ2日ほど碌なメシ食ってない俺への嫌がらせか。」
そう答えた術士は、激しく空腹を訴えるおなかをなだめる様にさすります。
けれど、目の前から漂う甘栗の香りに体も活性化したのか、音は収まりそうにありません。
術士はぱっと僧侶の持つ天津甘栗を奪おうと手を伸ばしますが、僧侶はにこやかに手を弾き飛ばしました。
「いいえ。そうではありません。私は只、思った事を口にしただけですよ。
それを嫌がらせなんて……あなた、最近見ない間に少し自意識過剰になったんじゃないんですか?」
僧侶は甘栗を剥いて口に放り込みます。
ふわりと口の中に香る栗の自然な甘さが、彼を少し上機嫌にさせました。
「……じゃあ、何しにきたんだよあんたは。」
「秋を楽しみに来ました。」
術士の質問に僧侶は言いよどむことなく答えました。
その答えは、術士には少なくとも不快だったようで、遠目に見てもわかるほどに眉間に皺がよります。
「いいですねぇ、秋。食べ物全般は美味しくなりますし、夜は意外に冷え込むのも魅力的です。
こうして、飢えと寒さに苦しむ事になるであろう知人を自分はぬくぬくと眺める事が出来るなんて、素敵だと思いませんか。」
「……素敵なのはあんたの頭の中だけで十分だ。つーか、素敵過ぎるから至宝の宝としてどっかにあんたごと保存してもらえ。一生そこで暮らせば俺どころか世界中が幸せに包まれるぞ。」
恍惚の笑みで秋の素晴らしさを説く僧侶。
その光景に術士はついに空腹も限界なのかそれとも心労かわかりませんが、軽くめまいを覚えました。
「ふぅ……あなたは自分の立場がわかってないようですね。」
僧侶は術士の言葉に残念そうにため息をつきました。
そして、天津甘栗の袋の取り出し口を2・3回折ってふたをします。
袋越しではわかりませんが、まだまだ中身は残っていそうでした。
「立場?」
「今、私の持っているコレ……あなたはのどから手が出るほど欲しいですよね?」
ふりふり、と術士の目の前で天津甘栗の袋が揺れます。
思わず術士はそれを目で追ってしまい、軽い自己嫌悪に陥りそうになりました。
それを見た僧侶は、再び満足そうな笑みに戻ります。
「……くれんのか?」
「ええ。でも、タダでは差し上げません。」
「だろうな。でも、今俺はあんたが好きそうなもんなんて持ってないぞ。」
「ええ、知ってます。ですからモノはいりません。」
僧侶の言い分に、術士は首を傾げます。
今までの付き合い上、というところでしょうか。
一方的にレートの高いこちらが不利な物々交換をさせられるかと思ったのですが、どうやらそうではなさそうです。
僧侶は、ゆっくりと言葉を続けました。
「モノはいりませんから、あなたの語彙力全てをフル活動させて、私を褒めちぎってください。もちろん、真心をこめて。」
にっこり。
にっこり笑って、僧侶は言いました。
しかしそれは、悪魔の笑みでした。
術士は、しばらく固まる事しかできませんでした。
僧侶はそれを見て非情にも愉しそうに笑うのでした。
そしてその後十数分以上かけて己のプライドと本能と戦う術士を見ながらさらにほくそえむのでした。
どうせ中身は殻ばかりなんですけどね、と。