ある国の城の大広間。
 突然の大事件に場内は大騒ぎだった。
 
 たくさんの兵士が大きな輪を作って犯人と、そして囚われた王女を取り囲んだ。
 
 犯人は、城で働いていた、兵士と給仕と料理人だった。
 
「何故、こんなことをするっっ!!」
 
 悲痛な声で叫ぶ王に、三人の犯人たちは声をそろえて言った。
 
「この職場、アルバイト可能って聞いたから」
 
 そして、三人の悪党は、アルバイトと称して王女を攫い、風のように駆け去っていった。
 
 
 
002. 囚われた娘

 
 
 
 月の綺麗な夜のこと。
 草原を走る街道に、土煙が舞い上がる。
 
 がたごとがたごと逃げる馬車。
 追うは無数の蹄の大行進。
 
「これ以上、速度は出ないのか」
 
 兵士……のアルバイトをしていた剣士は、幌の付いた荷台から背後の一団を伺いながら、御者台の術師に問うた。
 
「無理だ。てか、なんでこんなに遅いんだ」
 
 津波の如く押し寄せる一群を、給仕……のアルバイトをしていた術師はうんざりと振り返った。
 決して怠け者ではないらしい健気な馬たちは、先ほどから必死の形相だ。
 しかし何故だか依然、馬車はまったりアンダンテ。
 
 背後に迫る蹄の大合唱は、急速に音量を上げていた。
 
「アンタら、この馬車にいったい何積んでんだ」
 
 術師の座る御者台からでは、分厚い幌で薄暗い内部の様子は伺えなかった。
 気のせいでなければ、時折、ごそごそと荷台全体が動いているように見える。
 それは、風の悪戯のせいだけだとは、思えなかった。
 
「いえ、大した物ではありませんが…アルバイトの戦利品、と言ったところですよ」
 
 荷台の中から、苦笑気味に料理人……のアルバイトをしていた僧侶が答えた。
 アンタはどこの戦場でアルバイトに勤しんでんだ、と術師は僧侶の言い回しに心中で毒づき…そして、それはそれでありそうだ、という物騒な考えに至り、額を押さえてくだらない想像を追い出した。
 
「…真っ当な報酬じゃねえように聞こえるぞ」
 
「ええと、若干?」
 
 さらり、と答えた僧侶に、術師の脳裏に嫌な想像が舞い戻ってきた。
 どこかの硝煙に霞む荒野で、倒れ付す無数の人影から悪鬼の如く戦利品を剥ぎ取ってまわる僧侶。
 やめてくれ、夢に見そうだ。
 
「…この際、中の荷物にどんな因縁とか怨念とか薄暗い入手経路とかがあっても気にしねえよ。いっそ好都合だ。
 逃げるのに邪魔になる。悪いがまとめて捨ててくれ」
 
 アンタら3人で定員オーバーなんだよ、と息を切らして駆ける馬たちを不憫に思いながら術師は言った。
 
「なんですか、その因縁とか怨念とかって。
 …まあ、捕まる訳にもいきませんし、仕方ありませんねえ」
 
 そう、ちっとも残念では無さそうな声で言って、僧侶は後部の布の覆いを開いた。
 
 直後――
 
「うわああああっ!?」
 
「なんだっ!?奇襲かっ!?」
 
「何かぶつかってきたぞっ!?」
 
「もこもこしてたーっ!?」
 
 ――背後から上がる無数の悲鳴、馬の嘶き、阿鼻叫喚。
 
「おい。アンタ。いったい何を放流しやがった」
 
 御者台に座る術師からは、背後の惨状を伺うことはできない。
 聞こえるのは訳の分からない悲鳴ばかりだ。
 
「ええ、ですから、戦利品を。
 先日まで、愛玩動物の販売店で副業を少々」
 
 朗らかに答える僧侶。
 
「…ペットショップの給料がペット。ってこたねえだろ…」
 
 なるほど、戦利品か。と術師は見知らぬ哀れなペットショップに心底同情した。
 いや、そんなことはどうでもいいんだ。
 それよりも……
 
「おーい、姫さん、生きてるかー?
 もしかして中、滅茶苦茶窮屈だったんじゃないか…?」
 
「…とても、狭かったです…」
 
 と、控えめな…というより疲れ果てた声の抗議が返ってきた。
 
「…コイツ等のなけなしの良心とか良識とかに判断委ねてると、非っ常に面倒なことになるぞ。突然の試練で大変だとは思うが、頑張って生き残ってくれ」
 
「貴方も助ける気、ないですよね」
 
 この逃走馬車の荷台の積荷は、剣士と僧侶と、そして囚われの王女だった。少し前までは加えて多数の愛玩動物。
 …前方の馬たちの頑張り具合から判断するに、まだ何か不要な不審物が積まれているような気もするが…
 
「とにかく、要望はなんでもコイツ等に言ってくれ。
 姫さんは、俺たちの雇い主なんだからな」
 
「雇い主…ええ、そうでしたね」
 
 荷台から、王女の少し困ったような笑い声が聞こえた。
 
「こんなお仕事、きっと引き受けてくださる方は、なかなか見つからないと思いました。
 たくさん募集をしてしまったのですが…三人もいらっしゃるなんて、驚きましたわ。
 だって、とても無茶なお願いだと、わたくしも思いますもの」
 
 まあ、まともな人間なら、まず引き受けてはくれないだろうな。と三人は思った。
 
「王女を、誘拐してください。なんて」
 
 
 
 王女の依頼は、彼女を攫って、隣町へと送り届けることだった。
 
 曰く、隣町の青年と、身分違いの恋をしているのだと。
 王も王女も、この恋を許してくれない。
 駆け落ちしかない。そう、王女は決意した。
 
 王女は、彼女の世話をしている侍女に頼み、依頼の文を城中へ配らせた。
 
 『アルバイト急募!
  勇気のある方へ。
  王女を攫ってください。
  報酬として、王女の持つすべての宝石を差し上げます』
 
 
 
 王女を乗せた逃走馬車は、速度を上げて夜の街道を駆け抜けた。
 
 めげずに追いすがる騎馬部隊に対し、荷台の剣士と僧侶は、残りの荷物の投棄をはじめたようだった。
 
 荷台に残る不審物は、剣士が持ち込んだ大量の玩具のようだった。
 某・聖夜に忙しい白髭で赤服の老人に対して急な憧れが芽生え、アルバイト中だった玩具屋から大量の玩具を拝借してきたらしい。
 本人はそれをばら撒けば子供に夢を与えられると思っているようだが、その行為はむしろ子供の夢を奪っているんじゃないか、と思いながら、術師は聞こえない振りを決め込んだ。
 
「何か爆発したぞっ!?」
 
「この爆弾、何か面妖な動きをーっ!?」
 
「新型兵器かーっっ!?」
 
 荷台の後ろから、大量のねずみ花火が投下され、ロケット花火が乱射されるに至り、追いかける蹄の合唱は、物足りない程に疎らになっていた。(※花火は人に向けて撃ってはいけません)
 
 
 
 そして、追っ手の足並みは乱れその姿は今や遥か遠く、逃走馬車は悠々と隣町へと到着した。
 
 そこから町の裏通りの、細く複雑な路地を通り、王女とその一味は、無事目的の場所へたどり着いた。
 
 そこには、何故か物々しい雰囲気の、軍服の人影がずらり、と待ち受けていた。
 
「皆さま、ここまで本当にありがとうございました」
 
 王女は、軍服の集団へ駆け寄り、振り向くと優雅に一礼した。笑顔だった。
 しかし、その笑顔が、何故だか凄く怖かった。
 
「皆さまもご存知ですよね?
 我が国は、アルバイトは許可されています。
 ですから、わたくしも嗜んでいましたの」
 
 騙された。なんて今更気づいても後の祭りだった。
 
「副業で、国の治安維持警邏部隊の長を少々」
 
 王女誘拐の騒動の際の、王の悲痛な叫びが、現実逃避気味の術師の脳裏を過ぎった。
 間違いない、あの王が一番役者だった。
 呆然と佇む三人を前に、王女は悪戯っぽく笑って続けた。
 
「最近、困ったアルバイトの方が数名、いらっしゃるようだと、我が国の民が嘆いていましたわ。
 ですから、わたくし、ちょっと懲らしめてやろうかと」
 
 そして、王女は爽やかに微笑んで、どこかで聞いたようなセリフをのたまった。
 
「突然の試練で大変だとは思いますが、頑張って生き残ってくださいませね」
 
 



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【おまけ】
 
 騎馬部隊との追いかけっこは、警邏部隊に走者交替となり、真夜中の逃走劇は再び幕を開けた。
 
「アンタ等、こういう状況に役立ちそうな副業の経験とかはねえのか」
 
 駆けながらも嫌味を放つ術師に、僧侶と剣士は当然のように答えた。
 
「夜逃げ屋でしたら、少々」
 
「家に入れなくて困っている方の為に、壁に穴を開ける仕事なら経験があるな」
 
 アンタ、それは鍵を無くした人への手助けなのか(壁に穴を開けては意味が無いような気もするが)、強盗の共犯なのか、と突っ込むことすら億劫で。
 
 呆れた前科に、そりゃあ「ちょっと懲らしめてやろう」かなという気にもなるよなあ、と術師は人事の様に思った。
 
「…上等だ。なら急いで振り切るぞ、こっちだ」
 
「道をご存知で?」
 
 問う僧侶に、術師は当然だ、と答えた。
 
「俺は昔、小遣稼ぎにこの町で警官をやっていたことがある。
 抜け道くらい幾つか心当たりがあるさ」
 
「お前の経歴が、一番分からんな」
 
「それが小遣稼ぎに誘拐とは、悪党ですねえ」
 
 ………そりゃあ「ちょっと懲らしめてやろう」かなという気にもなるよなあ、と術師は人事の様に思った。



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