作:chobi否毛

さらにおまけ:話題の店

冬の山道を二人の旅人が歩いていた。
その後ろ姿は寒さに震え、少々疲れもみえる。
いつもなら絶える事無く交わされる忌み罵倒もなく、黙々と歩き続ける。
二人は予想以上の寒さに正直困っていた。
防寒の為、着込んではいるのだが山頂に近づいている事もあり、吐く息は白く頬や鼻が赤くなっている。

「雪道が傾斜になっているとなんとも歩き辛いものですね。」
長い沈黙に耐えられなかったのか、袈裟の上に毛皮を羽織った男が口を開いた。
「そうだな。氷上では良い感じだったんだが調子にのってスピンしたら前に誰かが開けた穴にはまってしばらく抜けなくてな。
 危うく一緒に凍るところだった。」
剣を杖代わりに歩く男は数時間前の出来事を思い出し、溜息をついた。
「ああ、妙に華麗にすべる男が私が掘った穴の近くで蠢いてると思ったら…あなただったんですね。」
「・・・・・お前だったのか。」
「なかなか良い余興でしたよ。」
満足そうに語る笑顔に殺気を覚えながら今まで登ってきた道を確かめるように後ろを振り返る。

「見えなくなると寂しいものだな。」
眼を細めて呟く。山の麓までは鬼の様な形相で必死に追いかけて来てくれていた彼がもう見えない。
「ここの木陰に隠れて休憩がてら待ち伏せしてみるのも一興ですよ。ついでに毛布も頂ければこの先不自由しませんし。」
とってつけたような笑顔で僧侶が提案してくる。
「そうだな。追う事に必死だったやつがすでに荷物をこしらえているかどうか不安なところだが。」
本当に疲れていたのか、剣士は早々と木陰に腰を下ろす。
「彼について、聞いた話によると歩いてるだけで人の良い村人に恵んでもらえるとか。」
「奴の方がよっぽど僧侶に向いてるんじゃないか?」
「いや〜羨ましいものです。」
剣士と向き合うように座りながらテレッと笑う。ちっとも羨ましくなさそうだ。

急に山の頂上付近から爆音が聞こえた。
気になって頂上付近を確かめようと山道に出ると二本の細長い板がそそり立っていた。
板には荒々しい文字が刻まれている。

『荷物返しやがれ。頂上で待つ。』

「こんな熱烈な歓迎を受けたのは久しぶりだな。」
剣士はそう言うと、楽しそうに板を引っこ抜くと荷物に加える。
二人は上機嫌で荷物をまとめ、山道を意気揚々と歩き出す。
先程の寒さや疲れはもう忘れたようだ。
「頂上までいくらかかるだろうな。」
自然と歩く足が速くなる。
「きっとすぐですよ。彼が仁王立ちで待っていたらどうします?」
頂上の方を見ながら僧侶が問う。
「賭けよう。どちらが毛布を奪って逃げれるか。」
剣士が言った途端、二人は駆け出す。
仁王立ちの彼が見えたからだ。
背中にはどこで手に入れたんだか、きちんとアレが置いてある。

山の頂上で茶屋を経営する主人が玄関先の写真を取り替えてから客の入りが良くなった。
噂を聞きつけてはさまざまなお客が玄関先の写真を見に来て話を聞きたがる。
偶然の産物とはいえ、よく撮れていると思う。
ただ、ひとつ心残りなのは彼らはいったい何をしに来たのか全く解らないということだ。
やっと頂上に着いたというのに、彼らはあっという間に下山し始めていた。

一人は客に貸したはずの毛布を抱えて店の隣に置いてある貸し出し用の板を奪って軽快に滑り降りる。
その後を二人が続く。猛烈なデッドヒートだった。
結局、雪上を滑る為に作られた板三枚と毛布が奪われてしまったが、もうどうでもいい。
奇跡的な一瞬をカメラに収められただけで満足だ。

主人は満足げに写真を眺める。
そこには猛スピードで下山しながらも見事なジャンプを決める三人の旅人の姿が
高く上った太陽を浴びて輝いていた。


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