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ある悪魔の所業


 
 
 長い夜が終わり、石の荒野に陽が昇る。
 
 戦場に、一陣の風が吹いた。
 
 石像は皆、白い灰となって風に散らされ、古戦場に縛られていた魂は、空へと還った。
 
 
 
 
  10.戦場の風に舞う
 
 
 
 
 見渡す限りの荒野には、老兵の像と、僧侶の姿だけがあった。
 
「どうやら、うまくいったようですね」
 
「ああ。やっと、終わったよ…お主のおかげじゃ」
 
 感謝と、安堵のこもった老兵の言葉に、僧侶は苦笑した。
 
「私だけの力ではありませんよ。あのお二方のおかけで、余計な邪魔が入らずに済んだのですから。
 村の魔物たちを引き付けて、倒してくれた事。それに、他の冒険者の方々をまとめて港に置いて来てくださった事も。何も知らない方々が大勢でここに押しかけて来られても、人質が増えるだけで、面倒でしたからねえ。
 …あまりに都合よく進むものだから、術師殿は実は全部知った上でやっているのではないかと、勘ぐってしまいましたよ」
 
 まあ、あの人がやらなければ、私がやっていたでしょうけれどね。と笑う僧侶に、老兵も笑った。
 
「おお、怖い怖い。とんだ悪魔がおったものじゃ」
 
 老兵は笑い、そして空を見上げ、穏やかに微笑んだ。
 
「あ奴の最期を見ることが出来なんだのは心残りではあるが。ワシも、もう逝こうと思うよ。あっちで仲間と逢うて、久方ぶりに酒でも飲むのが、楽しみじゃしのう。
 …のう、お主はあの二人の仲間じゃったな」
 
「ええ。共に旅をしている、かけがえのない仲間です」
 
 僧侶は、それはもう爽やかに微笑んで答えた。
 
「そうかそうか。では、報酬はあの二人にも渡しておくれ。
 約束のものは、ここじゃ。ワシの足元に埋まっておる。
 旅人たちよ、本当に、本当に感謝おるよ。
 ワシらの村を、仲間たちを救ってくれて、ありがとう」
 
 そう言って、老兵の像も白い塵となり、戦場を吹き抜ける風に舞った。
 
 
 
 僧侶は空を見上げて老兵を見送ると、地面に横たえていたスコップを持ち上げた。村を出るときに、こっそり拝借したものだ。
 老兵の立っていた地面を浅く掘る。出てきたものは、村の蔵から盗み出された、武器や防具だった。
 
「おやおや…とんだ悪魔がいたものですねえ」
 
 歴戦の勇者たちの相棒は、どれも大層価値のある品だった。
 僧侶は遠慮なくそれらすべてを台車に乗せた。さて、この辺りで一番価値の分かる武器屋はどこだっただろうか。相棒を遺して逝った彼等の為にも、二束三文で売り渡す訳にはいかない。高値で売り払うことをかたく誓って、僧侶は台車を引いて戦場を去る。
 
 当面の課題は、”かけがえのない仲間”に見つからないよう、身を隠しつつこの地を脱することだ。
 
 
 
 
 
 
 古戦場には、いっそ清清しい程に、なにもなかった。
 
 俺と剣士は、ただただ広いだけの荒野に立ち尽くしていた。
 朝日に照らされる一面の地平には、ただひとつ、何かを掘り返したような穴があるだけだった。
 
 あのジジイ、人を散々こき使った挙句、依頼料踏み倒して逝きやがった。
 
「悪魔め…」
 
 途方にくれて空に呪詛など飛ばしてみる俺の背後から、がさごそと、音が聞こえた。見ると、剣士が無言で俺の道具袋を漁っていた。俺が止めに入る間もなく、ヤツは道具袋の奥底から例の『魔除けのアイテム』を取り出した。そして、魔除けを地面に投げ捨て、持っていた小瓶の中身を振り掛けると、迷い無くマッチを擦って放った。
 唖然としながら傍観する俺の前で、勢いよく燃えた魔除けは、塵となって風に舞い、消えた。
 
「おい…アンタ、いったい何を…」
 
 問う俺に、剣士は答えた。
 
「後処理」
 
 燃やせるゴミの正しい処分だろうとほざく剣士。何が可燃ゴミか。あの魔物の怯えようを見るに、あれは強力な魔除けのはずだ。使い捨てなど、勿体無すぎるのではないか。
 
「貴重なアイテムじゃねえのかよ」
 
 まあ、レアと言えばレアだが…とヤツは珍しく、はっきりしない口調でこう付け加えた。
 
「しかし、あのまま持っていたら、とんでもないことになっていた」
 
 微妙な既視感を覚えながら、俺は聞いた。「これ以上、どうなるってんだ」
 
 
 剣士は答えた。「命を落としただろう」と。
 
 
「アレには、この世界で最も凶悪な悪魔が封じられていたらしい。並みの魔物では、近づくことさえ恐ろしかったのだろう。ある意味、最強の魔除けになるから便利ではあるのだが、持っていると3日の後に、持ち主の命を喰らうらしい。ハイリスク・ハイリターン、というヤツだな。効果の程を確認する前に処理してしまったが」
 
 そう、いけしゃあしゃあと宣う剣士。俺は、全身を襲った疲労感に抗えず、地面へ座り込んだ。
 
 済んだ青空すら恨めしい気分だ。俺の気持ちは晴れないというのに。
 
 俺は空を見上げて、この地で何度目になるか分からない呻きを吐き出した。
 
 思えば、手を変え姿を変え、この難敵は常に俺の前に立ちはだかってきたのではないか。
 
 
「…悪魔め…」
 
 
 
 
 
 
 そこにある唯一の酒場は、たくさんの戦士たちでにぎわっていた。
 
 笑い、歌い、酒を飲み交わす人々は、皆同じ目的のため戦い抜いた仲間たちだった。
 
 広間を埋める戦士たちは皆、ある旅人たちの武勇伝を肴に酒を飲んだ。
 
 その旅人たちは今、船に乗って、北の大陸から旅立つ。
 
 彼らの旅路に幸あれ!
 
 戦士のひとりである老兵がジョッキを掲げ、おおきく吼えた。
 
 
 『ある悪魔の所業:完』

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