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ある悪魔の所業


 
 
 夕暮れ時の村に、そいつは現れた。
 
 突然の侵入者に、村は静かな混乱に包まれた。
 
 すれ違った村人は皆、目を背け足早に立ち去った。
 ご婦人などは悲鳴を上げ、村の子供は泣いて逃げた。
 
 混乱は、すぐに小さな村の隅々まで伝わり、数少ない民家の扉のことごとくが閉じられた。
 
 哀れな村人達は、家の中で縮こまり、恐怖に震えるしかなかった。
 
 しんと静まりかえり、夕闇に沈んだ廃墟のような村に、ひとり佇む侵入者は呟いた。
 
 
「…俺は、いつから大魔王になったんだ…?」
 
 
 
 
  4.ひとりぼっち魔王
 
 
 
 
 現実逃避気味に、他人事のように眺めてみたところで、悲しいかな現実は変わりはしない。
 
 村人の恐怖の対象は、間違いなく、俺だった。
 
 …俺の名誉の為に弁解しておくが、別に、滞在中に村人を脅すようなことはしていない。というか、到着直後に宿を取る暇もなく僧侶に追い出されたのだから、正確には滞在すらしていないが。
 最初に村を訪れたときの、うっとうしい程の人懐こさはどこへいったのか。明らかに、様子が異なっていた。
 
 彼らに、俺がどう見えているのかは分からない。
 だが、俺が村を出てから今までに変わったことは、と考えると、原因だけは、はっきりしている。
 
 あの、クソ忌々しい呪いのアイテムのせいに違いない。
 
 禍々しさをこれでもかと主張するあのアイテムを、当然俺は人目に触れないよう、道具袋の奥に押し込んでいた。
 …正直、剣士と別れてすぐにでも、捨てるか燃やすかして、速やかに無かったことにしたかったのだが…。
 それはそれで、なんか孫の代まで祟られかねない謎の威圧感を放つ人形相手に、結局俺は折れるしかなかった。
 
 そんな訳で、村人からは、あのアイテムは見えていないはずなのだが…。
 近づく者すべてに恐怖を与えるとは、なんて自己主張の激しい呪いなんだ。
 
 
「おや、お帰りになられましたかー」
 
 やけに遠くから、聞き飽きた声が聞こえた。
 見ると、二軒先の民家の影から、僧侶がこちらを伺っている。
 
 …その、微妙な位置取りは何だ。
 近づいてくるのかとヤツの出方を伺ったが、どうもそこから動く気はないらしい。
 
「…近づいて欲しい訳では、決っっして、ないんだが…。
 何なんだ? その、物凄く不安になる距離感は」
 
 僧侶は相変わらず物陰から、笑顔ではっきりと答えた。
 
「はい。近寄りたくありませんので。とても」
 
「いじめかっ!? 近寄りたくないんなら、いっそ声かけてくるなよ!」
 
「いいえ。残念ですが、これ以降このポジションを保ってお話するということで」
 
 俺の半径10メートル以内に近寄るな。そう以前、コイツや剣士に向けて言ったことがあった。
 あれ、今度からやめよう。俺は心の中で訂正を入れた。
 なんであんな微妙なけん制をしてしまったのだろう。今となっては己の寛大な処置を悔やむばかりだ。
 
 次からはこう言うよう心がけよう。
 
 俺の視界に入るな、と。
 
 まあ、そんな俺の決意はともかく。
 
「………なあ、やっぱり、コレのせいなのか?」
 
 俺は、道具袋に押し込んでいた、あの禍々しい物体を取り出した。
 僧侶は物体を見ると、あからさまに嫌そうに「その通りです」と答えた。
 
 コイツがこの嫌がりよう…物体Xに対する不審感は右肩上がりに急上昇だ。
 
 よし、コレ、捨てよう。
 
 いっそ晴れ晴れと物体Xの不法投棄を決意した俺に、僧侶は珍しく、はっきりしない口調でこう付け加えた。
 
「そうなのですが………そのアイテム、捨ててはいけませんよ。
 とんでもないことになりますから」
 
 速攻で、水を差された。
 …だが、無視して捨てに行ける程、俺は勇敢でも無謀でもなかった。
 
 コイツの言う「とんでもないこと」って、何だ。
 
「既に、いじめとしか思えない孤独を満喫させられてんだが。
 これ以上、どうなるってんだ」
 
 
「命を落とします」
 
 ……………は?
 
「なんてモン押し付けやだったんだああああっ!!!」
 
 俺は、呪いのアイテムに劣らない呪詛を込めて吼えた。
 
 翌日から、いっそう村人に逃げられたのは、言うまでもないだろう。
 
 

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