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ある悪魔の所業


 
 
 澄んだ空気も麗しい明け方の森を、ひとり歩く。
 
 俺の機嫌は、未曾有の大暴落中だった。
 
「無事で何よりだ。眠っている間に手足を齧られたりしていないかと、若干楽しみにしていたが」
 
 後ろをつけていた剣士が何事かほざくのを、俺は無言で蹴倒した。
 
 
 
 
  5.瓦礫の追憶
 
 
 
 
 夜も開けきらぬうちから、俺は逃げるように村を出た。
 そして、村の門前で、見飽きた剣士と少女と出会った。
 それからしばし、返却を要求する俺と、「やだ」と聞き入れないヤツとの、壮絶な呪い人形の押し付け合いが行われた。
 
 結果は見ての通りだ。
 俺の手元には再び、我が物顔で居座る、物体Xの姿があった。
 
 そんな訳で、俺の機嫌は底無しに右肩下がりだ。
 
 村での騒動を剣士に訴えてみたところで、「まるで大魔王だな」と大ウケするだけだ。
 ああ、ちくしょう。誰のせいだと思ってやがる。
 村にいる間の俺の扱いは、それはもう酷いものだった。
 
「買い物もろくにできねえ、酒場の店員も怯えて話ひとつできねえ。
 仕方ないから、金だけカウンターに叩きつけて、勝手に買い物とか食事とかした訳だが」
 
「それは、怯えられても仕方が無いだろう」
 
 …冷静になって考えてみると、若干そんな気がしないでもない…
 しかし、そんな事より、なんでコイツら、さっきから俺と並んで歩いているんだ。
 
「…なあ、アンタまさか、またついてくる気じゃねえだろうな」
 
 問う俺に、剣士は意外にも「いいや」と否定してきた。
 
「今日は水遊びの先約がある。
 遊んであげられなくて、とても残念だ」
 
 そのまま溺れちまえ。剣士対してのみ、心中で呪詛を送りながら、俺はこれからヤツと遊んであげなくてはならない少女を伺った。可哀想に。
 しかし、俺の心配をよそに、少女はやはり、生真面目な顔でこちらに頷いて見せた。
 
 
 しばらく歩くと、分かれ道だった。
 東の裏山へ水遊びに出かけるふたりと、西に向かう俺は、別れることとなった。
 結局、情報収集など出来なかった俺に、行くあて等なかったが。ヤツが東に向かうなら、俺が逆へと進むのは当然の流れだろう。
 俺は、村の宿から拝借した古い地図を開いた。
 西には、今は無い古の町が記されていた。
 
 
 色あせたレンガの街道を辿った先にあったのは、瓦礫を積み上げたような城と町だった。
 崩れ去った城下町を、古い地図と照らし合せながら、俺はあの村が、かつては大国であったことを知った。
 激しい戦の痕跡の残る瓦礫の町には、ところどころに石碑が建てられていた。瓦礫の遺跡に立つ石碑には、この国の戦いの歴史が刻まれていた。
 
 もう何百年もの昔、恐ろしい悪魔がこの地を襲った。
 たくさんの魔物を引きつれた悪魔の軍勢と、この町の兵や各地から集った戦士たちの戦いは、ながくながく続いたという。
 多くの勇者がこの地に赴き、戻ること叶わず散っていった。おおくの人が涙し、怯えながらも戦った。
 ながい戦いの末、ついに力尽きた悪魔を、聖なる力で封じることができた。
 しかし、この町もまた、長い戦いの果てに、力尽きることとなった。
 
 
 歴史を語る石碑の終着点は、瓦礫の城だった。
 枯れた噴水前に佇む美しい女神像には、こう刻まれていた。
 
 悪魔はながい戦いの末封印されたが、この地の石は、決してこの悲劇を忘れることはないだろう。
 
 女神は今もなお、悲しげな表情で、崩れた町を見つめていた。
 
 
 
 
 陽も昇りきった頃、俺は村へと戻った。
 そして、村の門前で、見飽きた僧侶と出会った。
 
 相変わらず、立ち位置が、若干遠い。
 
「なあ前に、倒すべき相手がいる。って言ったな」
 
 俺は、挨拶も無しに僧侶に言った。時と場合と問わず、挨拶なんぞ交わした前例も無いが。
 そういえば、そんなことも言いましたねえ。と返す僧侶に、俺は続けた。
 
「アレ、俺のことだろう」
 
「毎回、村に戻る度にアンタに出くわす理由を考えてたんだ。
 アンタ、俺が全部解決した後に、手柄だけ奪う気だろう」
 
「その通りですが。それがなにか?」
 
 いけしゃあしゃあと答える僧侶。
 
「…なあ、アンタ本当は、魔物の居場所とか、全部知ってたりしねえか?」
 
 徒労感に打ちのめされる俺に対して、ヤツは笑顔で返した。
 
「貴方の迷走が滑稽だったもので、放っておいたのですが。
 十分楽しみましたので、そろそろ答えを差し上げましょうか?」
 
 そして、解決して戻ってきた俺の手柄を奪う気なのだろう。
 
 相変わらず遠くから、まるで悪魔のように俺の苦労をせせら笑う僧侶に、避けられると分かっていても、俺は足元の石を力いっぱい蹴りつけたくなる衝動を抑えることはできなかった。
 
 大層残念な事に、自棄になっていた俺に、足元にある石が、地中に大半を隠した岩の一部であると気づく余裕は無かった。
 
 

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