ある悪魔の所業
北へ行け。答えはそこにある。
神託でも授けるかのごとくエラそうに宣う僧侶に、結局俺は一矢報いる事も叶わなかった。
村の北には、古戦場があった。
見渡す限りの荒野には、無数の石像が立っていた。兵士を模した石像の軍勢は、まるで今も尚、戦い続けているかのようだ。
”悪魔はながい戦いの末封印されたが、この地の石は、決してこの悲劇を忘れることはないだろう。”
女神に刻まれた言葉を思い出す。古の戦いを刻み付けるために、こんな哀しいものを作ったのだろうか。こんな非生産的な物造るくらいなら、もっと儲けになる物作りゃいいのに。ハングリー精神に欠ける昨今の村人を心中で嘆きつつ、面白みのない石像観察に飽いた俺は、視線を荒野の中心に移した。
色の無い景色の中に、先客の姿があった。
剣士と少女だった。
老兵を模した石像の前、ふたりは腰を下ろしていた。
「おお、良く来たのう。待っておったよ」
歓迎の声は、剣士からでも少女からでもなく、老兵の像から発せられた。
6.古戦場の亡霊
俺は剣士と少女に倣い、老兵の前に腰を下ろした。水遊びに全力で貢献したのであろう桶と水鉄砲が、未だ水を蓄えたまま少女の傍にあった。灰色の景色の中、桶の中の水だけがきらきらと輝いていた。
老兵は、自らを古の亡霊だと言った。そして、今回の魔物討伐依頼は自分が発したものだと。
あの性悪僧侶のせいで、丸一日無駄に迷走されせらたが、やっと出発地点に辿りついた。さあ話してもらおうか。そう老兵に視線を向ける。石で出来たその顔が、ほんのわずかに微笑んだように見えた。
座談の輪に新たな客を迎え、老兵は語りはじめた。
さて、もう何百年と昔のことよ。そりゃあ恐ろしい悪魔がおった。
ワシらはこの地で何度も奴等と争うたわ。戦う度に、仲間は、戦友は散っていった。
そしてホレ、仕舞いにゃワシもこのザマよ。
うむ? ただの石像じゃないのかって?
いいや、ワシらが戦っておった敵は『石の悪魔』。ワシらは皆、ヤツに石に変えられたわ。ここにあるのはワシの、戦友たちの死に様よ。今はもう、ただの抜け殻じゃがのう。
ヤツに石にされたものは、数日経てば体と魂が離れちまう。そうなりゃ仕舞いじゃ。体から離れた魂は、順に悪魔に喰らわれるのを待つだけよ。ワシの仲間たちは皆、今も悪魔に喰らわれ、囚われたままじゃ。
なら、何故ワシがここにいるのか?
…ワシはのう、昔から目立たん奴だと言われ、そりゃあ悩んでおったわ。
戦いの最中に、ついにワシも体を石に変えられた。そして何日か経って、あの悪魔が現れて、目の前で次々と仲間の魂喰らっていきおる。いつ自分の番が来るのかとな。ワシが腹くくって構えておったら、ヤツめワシだけ忘れて立ち去りおったわ。結局、ワシだけほったらかしじゃ。
まあ、逝くことは叶わぬが、結構自由に動けるでの。村の守り神にでもなったつもりで、ながいこと村を見守っておったものよ。
昔話はいいから、依頼の魔物はどこにいるか教えろ? 若い者はせっかちじゃのう。
依頼の魔物なら、お主も既に出会うておるわ。
どこでかって? 村の中よ。
あの村におったのは皆、お主を喰らおうと待ち受けておった魔物の群れじゃ。
俺の思考は、見事に仕事を放棄してくれたらしく、しばらく老兵の言葉を飲み込んではくれなかった。
あの村が、まるごと、魔物の棲家だった?
では何か。俺は一晩中、魔物の群れの中心で暢気に惰眠を貪っていたというのか。考えると、結構ぞっとする状況ではないだろうか、それは。まったくもって今更だが。
しかし、幸いにも我が身は無事だ。いや、無事どころか、魔物に泣いて逃げられる始末だ。ある意味それは無事なのだろうか? という別の不安には、面倒なので目を瞑ることにする。
俺は、道具袋の奥底から、忌々しい呪いのアイテムを取り出した。良きにつけ悪きにつけ原因があるとするならば…
「コレのせい、だよなあ…? 結局これ、何なんだ」
俺は、例の物体を剣士に突きつけ問うた。
老兵の昔語りにまったく興味が無かったのだろう、水鉄砲に水を貯めては桶の中に放つ、という非生産的行為に勤しんでいた剣士は、俺の問いかけに、何を今更といった表情で返した。
「だから、最初に言っただろう。『魔除けのアイテム』だ、と」