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ある悪魔の所業


 
 
 村の中央には、大きな杭があった。
 石造りの白い杭は、何かをこの地に縛り付けるかのように深く打ち込まれていた。
 
 杭はこの村のはじまりからそこにあった。
 
 村の司祭の家に生まれた少女が、この杭について知ることは多くはなかった。
 ひとつは、恐ろしい悪魔が封じられているということ。
 そして、この杭を守るという少女の仕事は、とても大切な事だということ。
 彼女の仕事は、水を清め聖水を作ること。悪魔が最も嫌うものだ。長い年月で綻びかけた封印が解けてしまわぬよう、少女は毎日杭を清めた。
 
 
 
 
  7.井戸端作戦会議
 
 
 
 
 しかしある日、『石の悪魔』は蘇った。
 
 悪魔は、たくさんの魔物を率いて村を襲った。村人は皆石に変えられ、悪魔に囚われた。
 しかし、ただひとり少女だけが悪魔の手から逃げ延びた。少女は涙し、怯えながら村の北へと逃れた。
 
 村の北の古戦場。かつて石の悪魔の軍勢との大戦があった場所で、少女は崩れ落ちて泣いた。
 お嬢ちゃん、なにを泣いておる? ワシに話しておくれ。少女の前に立つ老兵の石像から、そんな声が聞こえた。
 少女は石像に縋って泣いた。泣きながら、しかし精一杯村の悲劇を伝えた。泣き続ける少女を、老兵は優しく受け止めた。
 自らも石に変えられた老兵は、石の体から魂が離れるまでに、数日の猶予があることを知っていた。
 
 いまならまだ、間に合う。
 
 老兵は、少女にたくさんの手紙をかかせ、それを南の大陸と行き来する鳥の足に結わえさせた。
 この村の場所と、多額の報奨金だけが書かれた、簡素な魔物討伐依頼書。
 そのいくつかは、運良く旅人などに拾われ、噂となって広まった。
 そして、高額の報奨金に誘われて、多くの冒険者たちが唯ひとつの北の地へと渡る港へと集まった。
 
 村を占拠していた魔物たちにも、その噂は伝わった。魔物の討伐隊として、大勢の冒険者が村に来ると。
 魔物たちは喜んだ。これはいい。餌が自ら来てくれるぞ。こんな小さな村だけでは食い足りない。
 魔物たちを指揮する石の悪魔は、村人に化け、油断した冒険者たちが寝静まってからまとめて石にする作戦をたてた。
 
 こうして、村は一見、今までの様子を取り戻した。
 しかし、やってきた冒険者を喰らおうと牙をむく、魔物の村となったのだ。
 
 
 
 
 
 夕日が、石の墓標にながい影を落としていた。
 
 石像の並ぶ古戦場の真ん中で、俺と剣士、そして少女と老兵の亡霊は、仲良く円陣を組んで座っていた。円陣の中央には村周辺の地図が広げられ、村救出の作戦会議がはじまろうとしていた。
 石に変えられた体から魂が離れてしまうまで、もうあまり時間がないらしい。
 
 村を救う作戦の決行は、今夜。
 
 
 必勝の策がある。そう力強く言った老兵から渡されたものは、水の入った桶と水鉄砲だった。
 
「何の冗談だ」
 
「何って、武器じゃよ」
 
 飄々と宣う老兵を睨めつける。目上の者を敬え、という殊勝な心構えが無いわけでもないが、そんなものは時と場合と相手の出方による。
 
「なあ、じいさん。野良犬追っ払う訳じゃねえんだ。水鉄砲で命張れって言われるくらいなら、俺は栓抜き握って悪魔とコブシで語らってくるぞ」
 
「まあ待て待て。そう短気を起こすでない。この桶に入っておるのは、聖水じゃ。
 そして、この聖水は嬢ちゃんが作った物での。嬢ちゃんは、大昔に悪魔を封印した司祭の家系で、今も封印に使う強力な聖水を作っておったそうな。
 これを振り掛けてやれば、魔物なんぞ尻尾を巻いて逃げ出すわ」
 
 俺は夕日をうけて輝く聖水を見て、そして少女に目を向けた。少女は相変わらずの無言のまま頷いた。
 少女はこのために、村が襲われたその日から毎日、聖水を作り出す儀式を行っていたらしい。剣士が今朝言っていた『水遊び』はおそらく、この事だったのだろう。
 
「お前さんたちの役目は、それで村から魔物を残らず追い出すことじゃ。
 じゃが、ただ追い出すだけでは意味がない。そのまま奴等を、この場所まで追い込むのじゃ」
 
 老兵はそう言って、広げた地図の一点を示した。
 
 
 
 
 
 
 そして、今。闇に沈んだ村の門前に、俺と剣士の姿があった。
 
 少女は何やら別の役目があるとかで、老兵の亡霊に先導され別の場所で待機中だ。
 
 俺達の武器は、聖水の入った桶と柄杓と水鉄砲が二挺。
 
 ちなみに、二人分用意された水鉄砲だが、剣士はいらないと俺に押し付けてきた。
 
 曰く、格好悪い。
 
 ならば、お前が手に持っているその桶と柄杓は、はたして格好良いのかと。
 …何故だか、妙に様になっているのが悔やまれる。
 
 そんな経緯で、水の入った桶を肩から提げて、両手に二挺の水鉄砲を携えて、俺は今、戦場に挑んでいる。
 
 ああ、確かに。
 夕闇に立つその姿は、これ以上となく、格好悪かった。
 
 

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