術師視点

タイトル:チリノハコ ・ decision shop

偶然たどり着いた先、地図にない名も知らぬ島国。
島の中央に立つ高い高い神話の塔。
魔物を倒し、逃げ延び、トラップを避け、たどり着いた最上階。

そして、
手に入れたのはただの箱だった。



箱の一つの面にだけ穴が開ている、ただの箱だった。
素材重視なのか手抜きなのか、木材丸出しのただの箱だった。
知人の剣士に見せたところ、
「丁度こんな出来の悪いぼろい箱がほしい気分だった」と持ち去られる程に、
それはただの箱だった。

こうして、命がけの探索の唯一の戦利品すらもなくなってしまった。



調べる暇もなく、あっさりと持ち去られた唯の箱だったが、
現地の方の話では『見張り台』と呼ばれる、なにやら伝説のあるらしい遺跡の搭。
その搭に隠されているお宝であるということだった。
『チリノハコ』
その地の昔話の時代の言葉で、神話自体の聞き込みを怠った俺には分からない言葉だった。
そして、自然素材を前面に押し出しまくった地味な財宝は、その意味を知ることも出来ずに手元を去った。

考えると少し惜しい気もしたが、そのときはあまり気にせず、
まだ日も高いうちから不貞寝を決め込む程度に留めた。




そして翌朝。

俺が目を覚ますとそこは大自然溢れる森の中だった。
昨夜寝たのはその大自然の中に張ったテントの中だったはずだ。
そのテントは今、俺の目の前にあった。
テントから飛び出すほどに自分は寝相が悪かっただろうか。
もしくはいつの間にそんな移動力に富んだ睡眠法を身につけたのだろうか。
未だ覚め切らぬ頭でそんなことを考えながら、視線を巡らせる。
そして、その視線が怪しげな看板をテントに取り付けている知人の剣士を捉えると、
俺は迷わず、その背を蹴倒しに走った。


「大自然に囲まれた店がもちたい気分だった。」
いつも通り淡々と、ヤツはそうのたまった。
そう思い立ってしまったので、丁度良い所にあった俺のテントを乗っ取ったらしい。
中にいた俺を外に放り出して。いい迷惑だ。

実はかまってほしいのだろうか。
先ほどからこちらを見ている、腹をすかせた『森の仲間たち』にでもかまってもらえと思った。
先ほどから剣士の方を遠巻きに見ている。なぜだか一向に近づかないが。
野生動物は毒物を見分ける知識を持っていると言うが、なんだか妙に納得できた。

こうして数日前に持ち逃げされた箱とともに、このテントは剣士によって、
『許可も了承も得ずに無期限で貸し出し』された。
それを人は奪ったといいます。



『決定屋』

大きくそう書かれた看板が小さなテントの横に設置された。

内装は看板と一緒に作ったのだろうか、小さな木のテーブルがひとつ置かれただけ。
椅子を用意するのが面倒だったのか、低く作られたそれは、テーブルというよりはちゃぶ台に近いものだったが。
あとはテントの入り口を開け放ち、ちゃぶ台の奥に無表情極まったこの無愛想な店員を設置すれば準備完了のようだ。
この上なく奇怪な店が出来てしまう。

他人事ながらあまりの絵面の奇妙さに、
せめてこのテーブルくらいは飾ってみてはどうだ、とアドバイスをしてみた。
多少はこの奇怪さが軽減されるかもしれないと期待して。
ヤツは「それは名案だ。」とあっさり承諾し、すぐに調達に出て行った。
そして一刻もしない内に見事な唐草模様の布をどこからともなく手に入れてきた。
真顔でそれをちゃぶ台に広げ、満足気に頷いた。

ああ、増した。

俺は頭を抱えたくなった。


しかし、よく考えてみればここは街道から少し離れた森の中。
しかも町と町との丁度中間ほどに位置している。
街道を通る人はいても、こんな森の中にまで入るのは何か事情があるか、余程の物好きかくらいのものだろう。
店の立地条件は最悪だ。
「街道にも看板を立ててきた」と剣士は言っていたが、
『決定屋』なんていう謎の店名が書かれた看板が、何も無い森の中を示しているようなものらしい。
この上なく怪しい。俺なら間違えなく罠だと思う。
こんな客をなめきった不親切極まりない店に来る物好きなど、いるはずもなかった。



そう俺が結論を出したとき、小さなテントの入り口からひとりの男が入ってきた。
貴族とおぼしき服装の男性は、入り口をくぐるなり言った。迷っていることがあるのだと。
予想を裏切る突然の来客に唖然とする俺をよそに、
剣士はいつも通り落ち着ききった態度でちゃぶ台の向かいに座ったまま、入り口に立つ男にひとつ頷いた。
「結べばいい。」
そして剣士は、何も聞かずに突然そう言った。
事情を話しだそうと思っていただろう相手の男性は、間の抜けた顔で呆然としていた。
それに剣士はもう一度言った。「迷っているのでしょう。なら、結びなさい。」と。
俺には何を言い出したのかさっぱりわからなかった。
しかし、言われた男性は「ありがとうございます。早速結ぶことにします。」
と迷いのすっかりなくなった、晴々とした表情で答えた。
そのまま、結局彼は席につくこともなく、すぐに入り口から踵を返し去って行った。

俺は、まったく理屈の分からない謎の商法をただ呆然と眺めるしかできなかった。


怪現象はまだ続いた。

翌日。露出度の高い冒険者の女性がこの決定屋を訪れた。
店に入り彼女が悩みを話し出そうとした瞬間、店主の剣士は歓迎の言葉も無しにこう言った。
「切ってしまいなさい。」
冒険者の女性は「やっぱりそうよね。そうするわ。」と言い、何か決意した顔で店を出て行った。

そのまた翌日。傭兵風の男がこの決定屋を訪れた。
彼がテントの入り口から顔を出した瞬間に、まるで不意打ちのごとく店主は言った。
「破ってしまいなさい。」と。
傭兵風の男は、しばらくぽかんと入り口に立ち尽くしていたが、やがて何度も頷いて、
「そうですよね。やはりそれしかありませんよね。」
そう言って、入り口を潜りきることすらなく去って行った。


何度見ていてもこの商売の理屈は分からなかった。
分からないといえば、俺は一度も剣士が代金を受け取っているところを見ていない。商売ではなかったのか。
なによりこんな怪しい店に客が絶えないという事実が最も解せない。そんなにこの近隣には暇人が多いのか。

しかし、ひとつだけ気づいたことはあった。
『決定屋』の仕事をしている剣士の傍には、いつもあの『ただの箱』が置いてあった。


きっとあの箱が何か関わっているのだろう。
そう思い、ヤツに問い詰めてみた。
「この箱は『チリノハコ』というのだろう。名称通りの使い方しかしていない。」との答えが返ってきた。
その名称の意味が分からないのだが。
そう言うとヤツはその『チリノハコ』をこちらに向けた。
相変わらずただの箱だった。
前と変わっていたことは、空いていた穴の部分から紙束が生えていたことだけだ。
これはなんだと更に問う。
相手の答えは簡潔だった。

「ちり紙の箱。」

俺が命がけで手に入れた、見知らぬ土地の財宝は、泣けてくるほどにその用途に向いているように見えた。




それから3日後。
何故だか客足は絶えることなく町と町との間の森でひっそりと営まれている『決定屋』に、3通の手紙が届いた。


一通は冒険者の女性からのものだった。

この店を訪れるまで、彼女はずっと悩んでいた。
彼女はこの近隣であまり良くない意味で有名な集団に所属していた。しかしずっとそこから抜けたがっていた。
このまま続けるべきか。それとも縁を切ってしまうべきか。
『決定屋』でもらった助言に従い、無事縁を切ることができ、彼女は自由を手に入れた。
手紙にはそんな内容が書かれていた。
そして、言えなかったお礼の言葉と、払えなかった代金として、皮袋いっぱいの宝石が添えられていた。


一通は傭兵風の男からのものだった。

この店を訪れるまで、彼はずっと悩んでいた。
腕に自信のあった彼は、近くの町でとんでもない高額の依頼料で仕事を持ちかけられた。
なんでもできると思っていた彼は内容を聞きもせずに引き受けた。
しかしその仕事というのが、とても達成できるような仕事ではなかった。
プライドを守るために命を賭けて挑むのか。それとも契約を破って逃げてしまうべきか。
『決定屋』でもらった助言に従ったことで、契約は破ってしまったが彼は無事逃げ延びた。
手紙にはそんな内容が書かれていた。
手紙にはお礼の言葉と、達成できなかった仕事の依頼料全額が、代金として添えられていた。


一通はこの森と街道の先にある国の王からのものだった。

この店を訪れるまで、王様はずっと悩んでいた。
彼の国はこの街道で繋がれたもうひとつの国と昔から良い関係ではなかった。
むしろ、たびたび諍いが起こり、交流もほとんどないような状態だった。
しかし、この国の王はその状況を良くは思っていなかった。
いっそ攻め込んで決着をつけてしまうべきか。それとも思い切って同盟を結ぶべきか。
『決定屋』でもらった助言に従ったことで、同じように考えていた隣国と無事同盟を結ぶことができた。
手紙にはそんな内容が書かれていた。
手紙にはお礼の言葉と、わが国で一番の土地を与えたいという内容、
そして数々の財宝が箱いっぱいに詰まったものが、代金として届けられた。


あのでたらめとしか思えない謎の一言アドバイスは、
何故だか的確に相手の悩みを読み取り、最良の選択肢を選ばせていたようだった。
やはりヤツがただ適当に言っているとは思えない。
そうなると、原因はあの『ただの箱』しか考えられなかった。


『千里の箱』
現地の昔の言葉でひたすらに広いとかいう意味の『千里』
――センリという言葉が後にチリと読みを変え、『チリノハコ』と呼ばれるようになったという。
『見張り台』と呼ばれる搭の上にあって、すべてを見通すと伝えられた伝説の神器だとか。

これが『決定屋』にテントを占拠されてやることが無かった俺が調べた、箱の正体だった。


占いのように相手の事を読み取るのではなく、
悩み相談のように事情をすべて聞き出されるのではなく、
相手は何も知らずに、ただ自分にとって最良の選択肢を差し出してくれる。
それは夢のような店だとは思った。

夢のようなその店は近隣の町で噂となり、それからも毎日客足は途絶えなかった。
訪れる客の数は日に日に増した。届けられるお礼の手紙も多くなった。


そして、それはまさに夢のように。
『決定屋』は僅か10日ほどで森の中から姿を消した。



『決定屋』開店の朝から10日目の夜。
散歩から帰った俺が森の中のテントに戻ると、剣士が勝手に占拠したテントをまたも勝手に畳んでいた。
「テント暮らしに飽きた。店はやめて旅に出る。」
いつも通り淡々と、ヤツはそうのたまった。
そう思い立ってしまったので、移動のためにテントを片付け始めたらしい。いい迷惑だ。

すっかり片付けれられた『決定屋』跡地では、暖を取るためか、夕食の調理のためか、
薪の火種に『ただの箱』が燃えていた。
俺は驚き、剣士に掴み掛かり詰め寄ったが、ヤツはそれに無言で一枚の紙を差し出してきた。
それは前にあの箱に入っていたちり紙の一枚だった。もちろん未使用。
紙には文字が書かれていた。
曰く、『燃やせ』
「片付けに追われていて、薪を集めている時間がなかった。
 近くにある火種になるものはこの箱くらいだ。
 私はこれから薪を集めに行くべきか、それともこの箱を燃やしてしまうべきか、迷っていたんだ。」
紙を見せながらヤツは俺にそう語った。


こうしてすべては夢のように消えた。

人のものを散々乱用して終いには燃やしやがった剣士に散々文句を言い、
くだらない言い合いをしている間に、火種の箱も塵と消えた。


『チリノハコ』が最期に差し出した選択肢が最良のものであったのかは、結局俺には分からなかった。



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(オマケ小ネタ?・術師が島国にたどり着いた経緯)


先日、とある自治領の島を訪れたことがあった。
人の出入りのほとんどない島で、地図にも載っていない場所だった。

俺もその島の存在は実際訪れるまで知らなかった。
これだけ知名度の低い場所だ。誰かに聞いて訪れるということはなかったかもしれない。

移動のために乗った船が嵐でもないのに何故か傾き、船から振り落とされ、
偶然ここに流れつくようなことさえなければ。

ちなみに、俺と共に船に乗っていた二人の知人は残念ながら落ちなかったようだ。
というか、俺以外は全員無事だったようだ。

元々、荒れる海域ではなく安全な旅だといわれていた。
事件少し前に、大きな道具袋を持った知人の僧に『水中で爆発する爆弾って興味ありません?』と笑顔で聞かれた。
その少し後に、もうひとりの知人の剣士が『船旅の安全を祈って』と必勝祈願と書かれたお守りをつけて回っているのを見た。
さらにその後、自称趣味であるらしいダウジングに勤しむその知人を見かけた。
水の気配に反応しているらしく動きをみせるそれを見て、穴掘り道具を取りにいったところまでは見ていた。
後はその船の船長が『海はいいぞ!砲丸投げの練習に最適だ。偶然通りかかった海賊くらいにしか当たらねぇからなぁ!』
そうのたまっていたのを聞いた。
船が大きく揺れたのはその直後だった。
今となって考えると、いったいどれが揺れの原因だったのだろうか。

しかし、ひとつ確実なことがある。
傾いた船から落ちる瞬間、
やつらは確かに俺の目の前で手も差し伸べず、それはもう爽やかに微笑んでいた。


まぁそんな経緯で、散々流されて流れ着いた海岸で、
朦朧とする意識の中、知人の剣士と僧の名前を砂浜に刻んでいたところを島の住民に保護されたりしたのだった。


(この後冒頭へ続く)


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