箱の中身
箱の中身は、箱だった。
箱の中身の箱の中身も、やはり箱だった。
箱の中身は、計2048個の箱だった。
これを数えた時点で、俺はすべてを放り出して、自分を褒めてやりたい気分でいっぱいだ。
箱の中身の、2048個目の箱の中身は、ちいさな数枚の紙切れだった。
そのちいさな紙いっぱいに、なにやらごちゃごちゃと図面のようなものが書かれていた。
紙の左上のなにやら見出しらしきもの曰く、組立図。
ちなみに、ざっと目を通してはみたが、
訳が分かる、分からない以前の問題だった。
ある程度目を離して見ると、黒に近い濃い灰色にしか見えない、
この、みっしりぎっしりごちゃごちゃした図面をと向き合う時点で難問だ。
視覚機能にダメージを与える、新種のトラップか何だとしか思えない。
といって、放り出す訳にもいかず。
とりあえず、かろうじて読める、一枚目の『展開図』という紙を見ながら、
箱の角についている金具をはずしてみた。
箱の4箇所についている金具を全てはずすと、箱は十字の形に展開された。
どうだ、俺にもやれたぞ。
そんな勝ち誇った気分で、再び図面と向き合う。
『展開図』の下の、次の手順に目を通す。
手順2:全ての箱を手順1の方法で展開する。
俺は、紙束を地面に叩き付けた。
実際は、力の限り振り下ろした手から離れたちいさな紙は、
俺の手から離れた後は、ひらひらとやけに穏やかに地面に落ちた。
その様子に余計にいらいらしつつ、地面に落ちた紙を拾い上げようとして、
面倒になってそのまま座り込んだ。
痛む頭を抑えつつ、たまたま拾い上げた紙を眺める。
それは、今まで目も通していなかった、紙束の最後の紙だった。
左上の見出し曰く、『完成図』。
見出しの下には毎度のごとくのごちゃごちゃした図面。
しかし、今までの難解な図面というより、それは一枚の絵に近かった。
展望台や、塔の屋上から見下ろす町並みのような、知らない町の建物や通り。
それは、古代の都市の縮小模型だった。
確かにそれは、古代遺産だ。
俺は、箱の中に詰まっていた古代の景色に、
すこしだけ、感動だか何だかに心が揺れたような気もしたが。
それ以上に、
プラモデル化して箱に詰めた古代人を、一発殴りたい気分でいっぱいだった。
どんなに切に恨もうが、とうのむかしに世を去っただろう古代人に一発喰らわせることもできなければ、
受けちまった依頼を放り出して、この作業を諦めることもできないのだが。
ため息をついて、再度図面を睨む。
こうなったら、意地でもこの作業を終わらせて、依頼主を張り倒すくらいはしなければ。
そう、全ての元凶はあの依頼主――知人の僧侶だった。
ヤツの持ってきた依頼は、ごく簡単なものだと説明された。
近場の廃墟の遺跡の奥にある古代遺産を、完全な形で持ち帰ること。
報酬は安かったが、なにより楽なその仕事に、俺は簡単に飛びついた。
気づくべきだったのだ。妙に怪しい、完全な形、というフレーズに。
気づくべきだったのだ。ヤツがもってくる仕事にしてはやけにまともだと。
なにより、後悔している。
なんで俺、アイツと会話なんかしてんだろ。
そんな根本から。
ヤツを殴りにいくのは、はたして明日か明後日か。
おそらく、その頃には俺は、腱鞘炎だか筋肉痛だかで、腕も上がらぬ状態なのだろうけれど。
そこまで計算の内なんだろうな。とまたため息をつき天井を見上げ。
とりあえず俺は、2個目の箱の解体にかかった。
残る箱の中身は、2046個だ。