「最近、僕はこの職業に向いてないんじゃないかな、って悩んでいるんです」

「はあ」

「すごい問題とか、障害とかがあるわけではないんですけど…
 魔物との戦いで苦労したことはありませんし、
 旅も結構順調に目的地に近づいてはいるのですが」

「はあ」

「これでも割と、旅慣れてはいるのですよ。
 遺跡や洞窟等の探索もしましたが、苦労はしませんでした。
 ですが、僕、町が苦手で…」

「はあ」

「知らない町で、知らない人に道とか聞くのって、戸惑いませんか?
 休日の村とか訪れても、誰も外に出てなかったりするし…
 道聞いたり、宿探したりしたくても、知らない人の家の戸を叩いたり、
 ましてや、不法侵入なんて犯罪ものですし…
 結局、情報屋に行って、店の人に尋ねているのですけれどね…
 商売でしたら、迷惑もかけずにすみますし」

「はあ」

「昔から消極的というか…控えめなんです。
 自分に称号をつけるなら『小市民』しか無いって、昔から思ってました」

「はあ」

「それがまさか、『勇者』なんて、呼ばれる日が来るなんて…」


はなしや



ここは、ある町のはずれに立てられた簡易テント。
その中に置かれた小さな机を挟んで、二人の人物が向かい合っていた。

憂鬱気に語る一方の人物に、このテント――『話屋』の主は、何度目かの機械的な相槌を返した。

「はあ」

向かい合う語り手、自称勇者の旅人は、勇ましいという字にはあまりにも程遠い不安気な表情で、話屋に聞いた。

「あの、僕の話、退屈ですか?」

「はあ」

「…会話、してくださいよ…」

「…あなたは話をする。
 私はただそれを聞く。
 と、最初にご説明した通りですが。
 確かに、私もひたすら「はあ」と返すのは、
 なんだか憂鬱な人のようで大変奇妙な気分ではありますが、これも仕事。
 理不尽には感じつつも、誠実に遂行しておりました」

「いや、相槌くらい、臨機応変でもいいのでは…」

「下手に主観を交えた相槌を打ってしまうと、お話の邪魔かと思いまして。
 ただ黙って愚痴を聞いてもらいたい。
 そう仰るお客様が、最近多いようですしな」

「僕は、話というか、会話がしたかったのです。
 それで、「話屋」という看板を見かけて、こちらに来たのですが…
 だって、一人旅って寂しいじゃないですか。
 ここ半年、買い物と宿の予約以外で、人と話したことがなくて…
 最後に会話したのは、旅に出る直前の、国の王様とだったかなぁ…」
 
懐かしいなぁ、と遠い目で語る勇者に、話屋はさして気になった様子もなく淡々と問いかけた。

「では何故、ずっとお一人で旅を」

「もちろん、僕も旅に出る前も、旅に出てからも、仲間を探してはみましたよ。
 冒険者のギルドには、就活中の冒険者さん達はたくさんいらっしゃったのですが、
 その、普通は、目的の一致する人と、一緒に旅をしたりするじゃないですか?
 でも、ギルドで皆さんの希望の旅先を聞いても、一致する方がいなくて…
 僕の目的地、魔王の城ですし」

「まぁ、いないでしょうな」

「無理に誘うのも悪いかなって思いまして…
 結局、ずっと一人旅なんです」

そう、ひとりぼっちの勇者は寂しそうに笑った。



長い長い語りを終え、勇者はふう、と一息ついて言った。

「こんなに長く話してしまって、すみませんでした。
 話を聞いてくれて、ありがとうございました、話屋さん。
 あ、料金はこれでいいですか?
 それと、次の目的地が、ズッキーニという町ですが…
 ここからどちらに向かえばいいかご存知ですか?」

長い長い語りを聞き終え、話屋は料金を受け取りながら答えた。

「それでしたら、この町の東門を出て、3日ほど道なりに行った先だったかと」

「ありがとうございました。助かります。
 ところで、こちらの机の下のゴミ箱の中に、
 薬草が捨ててあったのですが…」

「ああ、それはしばらく必要なかったもので、邪魔だなあと」

「いただいても、構いませんか?」

「どうぞどうぞ」

「では、ありがたく…
 話屋さん、いろいろとお世話になりました。それでは、お元気で」

話屋の入り口をくぐった時の、憂鬱な表情はどこへやら。
勇者は、割とその名に負けない、爽やかな表情で、颯爽と旅立っていった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「そう言って、勇者は去って行ったのだが…
 見知らぬ町の妙な店に好奇心で入り、
 見ず知らずの他人に身の上話を散々聞かせ、
 必要な情報はしっかりと聞き出し、
 さらに目ざとくアイテムを見つけ出し持っていく…
 私は、彼ほど勇者の適正を持った人物は他にはいないと、
 抜擢したその国の王とやらに、最大限の賛辞を送りたい気分になったのだが、
 どう思うだろうか」

長い長い語りを終えた話屋は、同じテーブルに掛けた術師に、そう問いかけた。
ちなみに『話屋』は、聞き飽きたという、至極当然の理由により、わずか3日で廃業となったらしい。
今は、旅の剣士に戻った『元話屋』は、淡々と、しかしどこか活き活きと、
半ば強制的に偶然出会った術師に話を聞かせていたところだった。

「俺は「話屋」とやらは営んでねえから、
 無料でアンタの近況長々と聞かされた現状が何より不満なんだが」

被害者の術師は、心底うんざりしたという声で呻いた。

「全文聞き終えてから反論とは、
 素晴らしいボランティア精神ですねぇ」

もう一人の同席者である僧侶は言った。

術師は、僧侶を横目で睨みながら言った。
不審者に職務質問を行う警官は、きっとこんな気分なのだろう。

「…そういや、なんでアンタが一緒にいるんだ」

「それは当然、私も話屋だからですよ。
 正確には、その隣の建物を間借りして、営業させていただいておりました」

「窓口増やさないとやっていけない程、繁盛するものなのか」

「いいえ。
 私は、その『話屋』さんとは別の『話屋』を営んでいましたから。
 お客様は、ただ私の話を聞く。
 私は、お客様のご要望のお話をする。
 そんな、『話屋』さんです」

「それは、情報屋と言うんだ」

「新鮮さと情報の正確さが、セールスポイントですよ」

「そりゃあそうだろうな。
 随時隣の会話盗み聞きしてんなら、正確な情報だろうがな。
 立派な情報漏洩じゃねえか」

さて、相手は黒確定だ。
この町の警官詰め所への連絡方法を考える術師に、僧侶は諭すように言った。

「王様の耳はロバの耳、そんな童話をご存知ですか?
 本当に秘密にしたい事であれば、
 たとえ地面に掘った穴であっても、漏らしてはならないのですよ。
 まして、人の口に戸は立てられぬと言いますし」

人間の性質とては、おそらく間違ってはいないのだろうが、
童話の時代とは違って、現在はプライバシー保護にやたらと煩いご時勢だ。
アンタら個人の自己管理に口出しする気はねえが、仕事でやるなら自重しろ。
等、万感の思いを一言に込めて、術師は憂鬱気に言った。

「世知辛い世の中だ」

「そういえば、先日、人探しをしている方がいらっしゃいましたよ。
 例の勇者さんを、探しておられたようで。
 そのお方、ある町で勇者さんに助けられてから、
 彼の役に立ちたいと…一緒に旅がしたいと、
 ずっと、勇者さんを追いかけていたそうですよ。
 しかし、勇者さんは休み無く旅を続けられていたようで、
 いつまでも追いつけず、見失ってしまい、途方にくれていたそうです。
 その方、行方が分かって、お喜びでしたよ。
 急いで後を追われたようでした」

「…それは、良かったな」

情状酌量。そんな言葉に負けてはならない。

妙な葛藤と心中戦う術師を他所に、僧侶は言葉を続けた。

「ねえ。良いことに役立てることもあるものですよ。
 ちょっと高額で、表沙汰には出来ない商売ですけれどね。
 このような手段を躊躇いなく選べる方です、
 この先、勇者さんの旅を助けることも、きっと彼ならばできるでしょうね。
 この時代、そういう強かさって必要ですから」

そう、僧侶はいい笑顔でまとめの言葉を締めくくった。

情状酌量の余地は、きれいさっぱり無くなったというのに、この後味の悪さはなんだろう。

術師は、なんだかもやもやとした気分をため息で押し流して、呟いた。

「…世知辛い世の中だ」

次からは、俺も、こいつらの長話聞かされるときは料金請求しよう。

そう、心に誓いながら。

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