お題提供:大統領
術師視点

平和

数ヶ月ほど前からだろうか。
俺は、とある悪魔に付きまとわれていた。


『悪魔』
そう聞いて連想するものは、どうにもあまりいいイメージが無い。
しかし、何事も一概には言えないものである。


こちらにいらっしゃる悪魔さん(仮名)。
彼は、一般的なイメージの『悪魔』とはかなり雰囲気の違う方だ。

ここ数ヶ月聞かされている彼の話をまとめると、昨今の悪魔事情はこういった感じらしい。


彼らの根城……活動拠点は、王都に程近いとある独立都市だ。
ちなみに、悪魔の活動拠点であるという事実は一般的には知られていない。
むしろ、住み良い町や観光名所としてやたらと有名だ。
元々良い土地を支配して乗っ取ったのかと言えば、それも違うらしい。

その都市は、かなり昔からその悪魔たちの親玉
――名前は知らないので魔王さん(仮名)と呼ぼう――
が領主として治めていたらしい。

昔そこを治めていた領主の跡取りが無くなったときに、
その領主の遠縁を騙って、領主になったということらしい。
思った以上に地味だ。

それは、活動拠点の確保と、駒として動かせる人を手に入れるための作戦だった。
しかし、もとよりそこはあまり農作に向く土地ではなかった。
人々は日々生きることで精一杯で、領主すら見てない状態だ。
忠誠どころか、興味すら示してもらえなかった。
とりあえず悩みながらも、徴収した税は資金として貯めておいた。

そうして悩みながらも一向に状況は改善されず、
年月は過ぎ、領主は世代交代となった。

悪魔さんたちの苦労は続いた。

後を継ぐはずの魔王の長男は、跡継ぎの話をした翌日に女をつくって国外逃亡。
しかもご丁寧に、溜め込んでいた活動資金はすべて持ち逃げされていたらしい。

仕方なくその座は次男に譲ることになった。
しかし、その次男は趣味の慈善活動に没頭中。
あまりにもこの職に合わなかった。

どうしようもなくなった魔王は、最後の手段で、末の三男に後を継がせたという。
それが今の魔王だという話だ。


と、ここまでが悪魔さん曰くの苦難の歴史らしい。

それを、この『どうしようもなくなって跡継ぎに据えられた』三男が見事に流れを変えたのだ。

時期魔王就任のために、王都のアカデミーから呼び戻されたらしいこの三男。
ちなみにアカデミーでの専攻は『人間関係』だとか。
さらに自主研究で提出したレポートは『社会福祉について』だとか。
つっこみどころは満載だが。

あまりのプロフィールに、俺が彼らの目的を聞いたところ、
やはり基本に忠実に『世界制服』とのことだった。
しかし、活動内容を聞くほどに疑わしくなる内容だった。

その内容をそれはそれは誇らしげに悪魔さんは語った。
曰く、

魔王さまが就任後、最初に行ったことは我らへのすばらしい演説でした。
我々ひとりひとりでは世界制服は成し遂げられない。
悪魔全員の結束はもちろん、領地の人間たちの協力も得なければならない、と。
まずは領主となっている私への信頼を手に入れるために、
税の軽減や、その税の中から生活援助などをして、彼らの生活に余裕を持たせること。
そして、領民が十分に潤い、私たちに付き従うようになったら、
次は町の整備だ。
何か名物を作り人を呼び、町を大きく、そして仲間を増やしていくのだ。

力で征服するのが全てではない。
良政によって民の支持を得ることも大きな力なのだ、と。

こうして、私たち悪魔の統治する都市は、
この国で最も住みやすい平和な都市へと成長を遂げたのです。
滅ぼすことしか脳のなかった私はこの演説に大変感動しました。
などど何気に怖い感想を付け加えつつ、悪魔さんは語っていた。
この人も今は冴えない中間管理職然としているが、昔はそうとうやんちゃだったのだろうか。

先ほどから熱弁振るっているこの悪魔さんは、その魔王の政策の一環である、
『都市の外の人たちにも私たちの考え方を広め、同志を募る計画』のために派遣されているひとりだそうだ。
主な活動内容は、来る世界制服ため、まずは平和な世を作り人々の信仰を得る、だ。
日々道行く人に平和を呼びかけているらしい。
今日もその野望のために、冴えない中間管理職悪魔さん、単身赴任先でノルマ達成のために営業中だ。
……なんかおかしいなんて思うのは、俺ももうやめにしている。

ちなみに、その最初の客ターゲットとなったのが、偶然出会った俺だったわけだ。
しかし、今は専ら酒場の親父状態だ。日々話し相手や愚痴に付き合ったりなどしている。
この辺では悪魔は肩身が狭いらしい。よくこうやって張り付いてくるのだ。
未だに勧誘を受けることがあるが、俺は世界平和に専心する気も世界制服を手伝う気もない。



そして今日も、平和求める悪魔の声が、俺の心を惑わせる。


二つに分かれた矢印を模した、木製の道標。

それを前に悩む俺に悪魔がささやく声がする。

ああ、右に行った先の村は今、盗賊の被害で復興に人手がいるそうですよ。
行って手伝ってあげましょうよ。

そういえば、この左に行った先の村では野獣の害で困っているとか…
退治に行ってあげたらきっと喜ばれますよ。


無言で回れ右をすると、その先に、あまりに澄んだ目で見つめてくる悪魔の姿があったのだった。


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