図書館

ひとりの旅の学者が町の図書館を訪れた。
この町の図書館は、一区画をまるごと占めるほどの大きな図書館だった。
この建物には膨大な数の書を保管してあった。
その中でも特に多いものは、魔術関連の書。
そして、この町の歴史書だった。
歴史を大事にするこの町は、毎年毎年、たくさんの物書きがそれぞれに町の歴史をつづっていた。

入り口の近くには受付と、観覧用のテーブルが並ぶ。
その奥に、とても高い天井の近くまである、いくつもの本棚が立ち並んでいた。
まだ朝早いためか、図書館にはまだ誰もいなかった。
唯一、白髪の男性が掃除と本の整理をしていた。
学者は男性に軽く挨拶をすると中へ入った。

本を探しに向かおうとした学者だったが、本棚の手前で足を止めた。
観覧用の白いテーブルに置かれた、一冊の本が目に付いたからだった。

興味を持って表紙を覗いた。
それは膨大に保管された、町の歴史書の中のひとつのようだった。
青の表紙におおきく町の名前と、その下には今年の暦が書かれていた。
今はまだつづられている途中の、作りかけの今年の歴史書だった。

学者は書を手に取り、中ほどを開いた。
そこはまだ真っ白なページが続いていた。
さかのぼるようにページをめくる。
ほどなく、何か書いてあるページを見つけた。
書かれている日付は、つい数日前。
以下は、その書に書かれていた内容だ。





●年●の月

---町に大賢者様が訪れた日---



都の大賢者様がこの町を訪れた。



賢者様は町へ入ると、広場でけんかをしていた町の子供達に、

人を大切に思い、愛することの尊さと、神の教えをお話した。
近隣の都市で噂されていた、この王宮のスキャンダルについて吹き込んだ。
王宮へ続く町の大通りでは、通りに並ぶ国の歴代の王の彫像を示し、

そのひとりひとりの功績を町の人々へお教えになった。
その中の何人がカツラ着用者かという賭けの参加者を募ったりもした。
賢者様は王宮を訪問された。

この国を良い方向へ導く方法を占ったという話だ。
占いが流行っていると聞き、自作の占い道具を考案し売り込んだことがあったが、妙に生々しい結果ばかりでて嫌だと不評だった。
王宮に最高の部屋を用意して招いた王の誘いを断り、賢者様は町で一番安くて質素な宿をとった。
そして、宿帳の宿泊者名を、知りうる限りの一度聞いたら忘れられない妙な人名で書き換えたりもした。
町の片隅の、寂れた地区の、井戸が枯れて困っていた家にも訪れた。

賢者様が井戸に触れると、枯れたはずの井戸から水が沸きだしたという噂も流れていた。
趣味のダウジングを試していたところ、妙な手ごたえを感じて、一晩かけて掘ってみたら地下水脈を掘り当てたことがあった。





その前の記録も、そのまた前の記録も、
いたるところに落書きや、書き直しがされていた。
べったりと一面に絵を描かれ、もともと何が記されていたか分からないページもあった。

学者は別の歴史書も覗いてみた。
どの年代の歴史書も、同じように落書きで埋められていた。


観覧用の白いテーブル一杯に歴史書を並べて読む学者のところへ、本の整理をしていた白髪の男性が近づいた。
わが町の歴史を見てくれたかい?
白髪の男性は、テーブルに並ぶ歴史書たちを嬉しそうに眺めながら、学者にそう聞いた。
学者は答えた。
落書きばかりでまったく読めたものではありません。
白髪の男性はその答えに、また嬉しそうに笑った。
そうだろう、そうだろう。
自慢げに笑いながらそう言った。

何故、彼はこの落書きされた本を見て嬉しそうなのだ。学者はそう疑問に思い、問うた。
何故ここの本はこんなにも落書きばかりされているのだ。
もっと厳重に管理するべきではないのか。
大事な町の大事な歴史ならば、他人に汚されていいのか。と。

白髪の男性は歴史書の一冊を手に取り、捲りながら答えた。

私たちはこの町がとても大事だよ。
でも、ここに住んでいる人がいて、この町を訪れる人がいての町だ。
上手に、綺麗に飾られたものではない、これがわが町の生の歴史書だ。
ちょっと見目が悪いからと言って、切り捨てた部分だらけの歴史なんて面白みがないからね。

捲っていた書を開き、学者に示す。
ほら、ここに彼女にふられた誰かの失恋の詩がのっているだろう?
これだってこの町の歴史なんだよ。
それに、結構笑えるだろう?
白髪の男性は、そういたずらっぽく言ってまた笑った。

そして、学者が読み終えた、まだ作りかけの今年の歴史書を、
また、誰もいない白い観覧用のテーブルの上へ置いたのだった。


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(おまけ・数日前にその図書館で行われていた会話)


術「………
  見た訳じゃないが、これ絶対ここ数日のアンタの行動だろう。」
剣「なんのことやら。」
術「俺が把握してる以上に無茶苦茶やってんな…」

術「しかし、この町には毎年町の歴史書作る住民が何人も出るらしいが…そんな簡単に書けるものなのか?
  児童書とかおとぎ話みたいなのなら書けそうな気がするけどなー。」
剣「既存の書の加筆修正にも飽きてきたな。ここは試しに作ってみるか。」
術「…あれ、加筆修正って言い張るか…」

術「とりあえず夢のあるタイトルつければ、それっぽくなるかな。」
剣「『いたずらくまさん・うなれひっさつのつめ』」
術「悪夢か…?泣くぞ子供」
剣「『ようせいさんのひみつのいずみ・ゆけむりおんせん』  『おうじさまとおひめさま・あいぞうのはて』」
術「殺人事件って続きそうなタイトルばっかり列挙してねえか。」
剣「『ひとりねがさみしいときに…』  『こんや、あなたのむねでねむりたい』」
術「官能的な児童書作るな。」
剣「…『せつぼう・ひとづまのちち』」
術「卑猥な表現抜けば授乳だろそれ。
  ってかさすがに乳児期の子供は自発的に読書はしないから。」



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(大統領追加分)


剣「『自家製塩辛百選』」
術「そもそも100品も何をつけるんだよ、どこが児童書だよ、むしろ書けるのかよ、どこからつっこめってんだよ」

剣「俺はこれで三杯は食が進むが?」
術「100品もありゃそら食えるだろうよ
  むしろ100種類もあって3杯って杯どれだけでかいんだよ」


剣「『まよなか、おそらのおつきさまがのうむにつつまれかくれてしまうときかれはやってきます』」
術「聞けよ人の話」
剣「『ざっくざっく、なみいるしょうふをきりさいておててをまっかによごすわるいこきりさきじゃっく』」
術「可愛らしい表現ふんだんに混ぜ込んだぞみたいな面してんじゃねえよ」
剣「・・・・・・・・」
術「あからさまに何が悪いのかわからないって顔するな!言うならお前の存在そのものが児童向けじゃないんだよ」


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