剣士視点

宝石

今日はてんとう虫だった。

朝日に照らされる雑草の緑の中に、
ほどよく点在する赤やら黒やらのまるっこい形の昆虫の群れ。
さすがの私も眉を顰めるしかなかった。



数日前、私はなんとなく付きまとっていた術師と供に、とても大きな街に入った。
その街は、所謂ボーナスステージであった。
広大な面積にひたすら立ち並ぶ屋敷の数々。
それだけで構成されたような街には、しかし住人が全くいなかった。
数日前までは間違えなく人が暮らしていたのだという、
はっきりと生活感ただよう姿のままに、その街は丸ごと放置されていた。

私と術師はしばらくその煌びやかな廃墟を見学していたが、
歩き回り始めて程なく、私たちは感じたのだ。
使われることが無くなった、貴重品と貴金属たちの嘆きを。
正義感に突き動かされるままに、
私たちは、全ての家々から、貴重品と貴金属ついでに現金などを救出する慈善活動を始めた。

しばし慈善活動に専念していた私たちだったが、
日が沈む頃になると、さすがに空腹を感じてきた。
懐は十分すぎる程に潤っていたが、それを使えるところが無いことは盲点だった。
無論、店が無いわけではない。
だがボーナスステージとはいえ、人気がなくなって数日たっている廃墟である。
その状況、推して知るべし、だ。

そういった経緯で、一仕事終えた私と術師は、
一晩の宿と食事を求め、その廃墟を出たのだった。

その街から次の町へは、かなり距離があるようだった。
食料の補給無しに移動は厳しいかと相談しつつ、街の門を出ると、
門から続く道の先、遠くの木々の間から搭のような建造物が見えた。
そこなら人が住んでいる可能性もある。
そう思い、私たちはまっすぐその搭を目指し、夜にはそこへ着いた。

搭に似た屋敷の玄関、とても大きな扉を叩き、出て来た主人に一晩の寝床と食事を強請ってみた。
何故か妙に怯えたような顔をしていたが、
心優しい搭の主人は、私たちを中へ招いてくれた。
決して私が扉を蹴破ったせいでは無いだろう。
いくら叩いても無視し続けたのだから、こうする他にし様がなかったのだ。
しかも心優しい主人はこんな夜分にも関わらず、豪勢な食事をご馳走してくれた。
やはり主人はどこかおどおどとしていたが、
穏便に食事を乞おうとする私を、妙に真剣に取り押さえたりした術師の態度に驚いたのだと思う。
真摯な態度を示すために、軽く騎士道っぽく剣を抜いて誓おうかと思っただけなのに。ちょっと至近距離で。
さらに二階の空いた部屋で良ければ、と寝床までしっかりとした寝室を貸してくれた。
心優しい搭の主人を拝みつつ、入った寝室にはダブルベット一つ。
仲間との友情度を上げるにくい演出か。
精一杯の抗議じゃないのかという術師の言葉は聞こえないことにしておいた。

夜中、術師とどちらが一人でダブルベットを堪能するかの戦いをしていたころ、
突然、扉を破り大勢の人影がなだれ込んできた。
ダブルベット争奪戦、思った以上の盛況ぶりだ。
こちらへ飛び掛ってくる参加者たち(仮名)を振り払い、軽くひねり上げる。
さすがに不審に思い部屋から出ると、搭の主人が廊下で高笑いを上げていた。
いい人しすぎてストレス溜まっちゃったのかしら。
と観察していたが、
なにやら手にもっている宝石を使い攻撃してきたので、反撃であっさりと黙らせた。
そして戦利品にその宝石はいただいておいた。
とても残念だがダブルベットに別れを告げて、
結局その日は搭から出て、ふたり野宿となったのだ。


その翌日からだった。

最初はカブトムシだった。
野宿をしていた私が目を覚ますとカブトムシと目があった。
流石は野宿、昆虫とのスキンシップは風物詩と諦めていたのだが、
こんなにディープなのは初めてだ。しかもカブトムシ。

その日の昼頃、次の町へと移動を始めた私の周りは豪華だった。
なんというか煌びやかだった。
歩く私を取り巻く蝶の群れ。
むしろ、外から見れば可動式蝶々竜巻。なんとも面妖。
同行者の見飽きた術師は、何故か目をそらし、その華やかさから遠ざかって歩いていた。

結局その日も野宿だった。


翌朝、目覚めた私の周りを、大量のバッタが飛び跳ねていた。
なんだか御伽噺のような光景だったが、
術師には不評だった。
そのうえ、寄るなバッタ人間と遠ざけられた。


そして今日、てんとう虫だった。
御伽噺な光景の目覚めにもそろそろ飽きてきた私は、
ここ数日を振り返りこの珍現象の原因をさぐっていたのである。
おそらく原因があるのは三日ほど前あたりか、
その日の戦利品は数多くあるが、その中に原因がある、と私は推測した。
中でも一番これかなーと思えるのは、
思いながら私は搭の主人が持っていた宝石を取り出した。
そして、近くにあった池へと思いっきり投げ捨てた。


翌日から、昆虫類とのスキンシップの機会は極端に減った。

その日、ようやく到着した隣町にて、
数日前通った大きな街に活気が戻ったとの話を聞いた。





後に、私はどこかの町の酒場でその大きな街の名を聞いた。
なんでも、以前街の近くの搭に住んでいた悪い魔法使いが、街の人々を魔術で虫に変えてしまったことがあったとか。
しかし、突然現れた旅人が悪い魔法使いを倒し、
封印の宝玉を聖なる泉に入れることによって、人々を元に戻したのだと。
今はその旅人は、その街で勇者として崇められているという話だった。

割とどうでもいいことはすっきりと忘れる性質だった私は、
虫だったときに踏まれたりとかした人はどうなるのだろうか、くらいの疑問しか持たなかった。


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