遺跡

衝動買いするだけの金が無くなった。

自分の生命活動を根底から揺るがす事態に、私は愕然とした。

しかし偶然にも、私が悲観に暮れる前に、
酒場の壁に張られた求人広告が目に入った。
しかも好条件。


そして、私はさっそく雇ってもらいに出かけたのだ。


必要なものは履歴書と、
あとは少しの度胸。
特技と資格があればもっといいらしいが。
面倒だった私は、特技の欄に『現地で実践』とだけ書いておいた。
名前の欄には、昨夜見たピアニストになった夢で名乗っていた名前を書いておいた。
年齢は自分が一番輝いていた年代を書いておいた。
生年月日をあわせるのが面倒でうっかりそのまま書いてしまったことは失態だったと思ったが、
すぐに忘れた。

大事なのは履歴書の中身ではないのだ。
面接で如何に自分を出し切るか。
そして自慢であるが、私は面接には自信があった。
なので、とりあえず偽名で呼ばれても反応できるような練習だけはしておいた。


翌日、私はさっそく新しい仕事場へと向かった。
面接には見事合格したのだ。
練習の成果あって、ジャポニカさん、と呼ばれても自然に反応できたことが勝因か。

新しい職場は遺跡、と知らされていた。
しかし渡された地図を頼りについた場所に立つ建造物は、
遺跡、というには程遠い外見だった。
入ってみても、内装も最近作りました感でいっぱいだった。
疑問に思い、聞いたところ、
ここは何年たっても変わらない
そういう不思議な遺跡だというのだった。
どうもそこがウリで入場料をとって観光地としているのが、
私が雇われることとなったこの組織であるらしかった。
そして、その遺跡を狙う別の組織があるというのだ。
それを追い払う、またははっ倒すのが今回の私の仕事だ。

しかしここは神聖な場所らしく、いくつか決まりごとがあった。
決して内部を傷つけないこと、装飾品などを持ち帰らないこと、武器を使って戦わないこと、
この三つだった。
いくつか疑問を感じはした。
変わらないのがウリの謎の遺跡ではなかったのか。
しかし、日払い高時給の前にはそんな疑問はたいしたことではなかった。


しばらくして、さっそく外に人の気配を感じた。
入り口から覗き見れば、この遺跡へ向かってくる見飽きた術師が見えた。
これが今回の敵らしい。
つくづく妙な縁があるなぁと思いつつも、退屈はしなくてすみそうだった。


相手は、入り口から私の姿を確認できる距離で歩みを止めた。
なんだかすごく引きつった笑いを浮かべているようだったその術師は、
しばしその場に頭をかかえてしゃがみこんだあと、
起き上がると同時に足元の握りこぶし大の石をこちらに投げつけて来た。
的確に私の顔面を狙い飛んできたそれを、ひょいとかわし、
玄関に置かれた花瓶を相手に投げ返した。
それを避けた相手は、今度は近くに落ちていたらしい鉄兜を投げてきた。
なんでそんなもん落ちているんだ、と考える暇もなく慌てて建物の内部に引っ込み、
反撃につかえそうな装飾品をさがした。
しかし、武器も術も使わずひたすら物を投げて来る所を見ると、
相手も同じような条件のようである。


そして建物内を逃げ回る私を狙い、次々と飛んでくる鈍器を投げつける術師と、
それを避け、装飾品を投げ返す私の攻防はあたりが薄暗くなるまで続いた。
さっき飛んできたシャンデリアは本当に遺跡の外に落ちていただろうか、
などと考えながら、相手の投げた桐箪笥を避けていたころ、
何気なく見渡した、その変わらない遺跡は、
なんとも長い時間を経た遺跡の内部へと進化を遂げていた。
壁の傷つき具合や、壁の壊れ具合がなんとも味がある。

これはこれでいいんじゃない?
などど考えながら、攻撃して来なくなった敵の様子を伺うと、
窓の外になんだか額に汗を浮かべ思案顔で目をそらしている術師が見えた。


結局、戦いは一時停戦。
二人で傷がついてない装飾品を集め、
売りさばける町を求めしばし二人旅をすることになった。
もちろん、仕事場には辞表は出しに帰らないコースで。


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