そこは歴史ある国だった。
 
 ある時は大陸で最大の領土を持ち、丘の上に建つ大きなお城を中心に、丘の麓のそのまた先まで賑やかな街が続いていた。
 またある時は、戦争で街は焼け、城は崩れた。
 しかしまた、瓦礫の中から家が建ち、街になった。
 そんな大きなお城と街は、ながいながい歴史の中で、何度も壊され、何度も栄えた。
 そんな歴史の街は今は、かつて大国であった時代、商店街として栄えた一角だけとなっていた。
 大きなお城と大きな大きな城下町の遺跡に囲まれた、遺跡目当ての冒険者の集まる、小さいがそこそこ賑やかな街だった。
 
 そんな街が、今夜だけは、大国の賑わいを取り戻していた。
 
 街は歌い踊る人々で溢れていた。
 
 かつての大国に戻ったかのように、崩れた城跡も、廃墟となった街も、人と音楽と賑わいに満ちた。
 
 歌い、奏で、舞う人々は、この祭の決め事なのか、一様に奇妙な格好をしていた。
 
 ある者は、お城の王妃のように着飾り、ある者は、王国の騎士のような甲冑に身を包んだ。
 
 街の人たちは思い思いに仮装をしていたが、最もその姿を異様に見せていた理由は、全員が、目と口の部分を愛嬌ある形にくりぬいた大きなかぼちゃで、頭部をすっぽりと覆っているという事だった。
 
 
 
  かぼちゃ祭の夜に

 
 
 かぼちゃ頭の人々で溢れる廃墟の街に、色鮮やかなテントの立ち並ぶ一角があった。
 祭の熱気を一層盛り上げるかのように、湯気をたて、美味しそうな匂いで客を誘う。
 魅惑的なテントは、種類も様々に、大通りの左右を縁取るように、ながくながく続いていた。
 テントに駆け寄る子供もかぼちゃ頭なら、子供に綿飴を手渡すテントの主もまた、かぼちゃ頭だった。
 
 そんな中、あるテントの中に、二つの"人型"があった。
 
 ひとつは、術師風の旅人で、テントでせっせと何やら異国の料理をこさえては、列を為すかぼちゃ頭に売りつけていた。このテントはどうしてか、この一角でも圧倒的に人気があるようだった。
 もうひとつは、僧侶風の旅人だった。こちらは何もせず、ただ興味深そうにもう一方の営業風景を観察しているようだった。
 
「旅人に大切な事とは、常に周囲の状況を把握し、目前のビジネスチャンスを逃さない事だと確信したな」
 
 かぼちゃ頭の少年に異国の焼き菓子を手渡し、まいどーと営業スマイルで見送りながら術師は言った。
 
「それは旅人の心構えとしてはどうなのでしょう」
 
 周囲に広がるいかにもまだまだお宝が眠っています!という風情の遺跡群をまるっきり無視し、サービス業に打ち込む自称旅人に、僧侶は苦笑を浮かべた。
 そんな僧侶を不審気に横目で見ながら、術師は作業をする手はそのままに言った。
 
「というか、さっきから気になってたんだがな」
 
「おや、何でしょう」
 
「アンタ、いったい何が目的だ」
 
「いえ、単に眺めているだけですよ。
 貴方の働きぶりが滑稽で」
 
 見世物かよ。と客には聞こえないように小声で毒づき、僧侶を睨んで言った。
 
「ショバ代でも巻き上げに来やがったか」
 
 本気で警戒しているらしい術師に、僧侶は笑って答えた。
 
「貴方に上納金をお支払いいただけるような所得は期待しておりませんよ」
 
 と何処までも失礼な返答をした僧侶に、あったら上前はねる気だったのか。と悩む術師を無視して、僧侶は続けた。
 
「あえて言うなら、ライバル店の市場調査。といったところでしょうか」
 
「アンタも店出してるってことか」
 
店主が油売ってていいのかよ。と呆れる術師に僧侶は笑って答えた。
 
「いえ、私はお店や機材の貸し出しを行っただけです」
 
「どのあたりの店だ」
 
「貴方のお店以外でしょうか」
 
「これ一角全部アンタの店か!?
 つか、いつの間にこの街の人間こんなに雇ったんだ」
 
 こんな短時間で機材の発注とか材料の仕入れとかありえねえだろ。どんな闇ルートだよ。と見知った僧侶により一層の不信感を募らせる術師に、僧侶は言った。
 
「目前のビジネスチャンスを逃さないことが旅人の心得…でしたっけ?」
 
 笑顔で聖職者らしからぬことをのたまう僧侶に、術師は舌打ちした。
 
「お布施という名の定期収入と、托鉢という名の賞与だけじゃ飽き足らねえってのか」
 
「人間、現状に満足しているようでは、己を高めることは出来ませんよ」
 
「アンタが高めたいのは業績とか収入だろう。どこの会社の社訓だよ」
 
 不毛な会話を続ける二人の前に、陽気な音楽と光の波が近づいてきた。
 
 一時休戦、と二人はそちらに目を向けた。
 
 人々は歓声を上げ、子供は喜び手を叩いていた。
 
 一向に客足の途絶えないテントの前の行列を掻き分け、楽師と踊り子の列が通った。色鮮やかな布を靡かせながら踊り子が舞う。楽師は腰に、踊り子は手にかぼちゃの飾り灯篭を持ち、鮮やかな色と光と不思議で楽しい音楽がテントの前を流れている。
 横にコイツさえいなければこんな夜も悪くないな、とお互いに思いながら、術師と僧侶は幻想的な祭の行列を眺めたのだった。
 
 
 
 
 
「はて、夢でも見たのではないでしょうか…」
 
 翌朝、昨夜の祭について話す術師に、宿屋の主人は言った。
 
「いえ、確かに昨夜はこの街の祭の日でした。ですが…」
 
 確かに昨夜は、祭の日だった。この街では昔から、祭の日の夜は、家の灯りは落とし、かぼちゃをくり抜いて作った飾り灯籠を家族皆で囲み、食事や会話をして、その日は家から出ず厳かに過ごす。
 飾り灯籠には先祖の魂が降り、一家皆で哀れな魂を慰める祈りを捧げるのだと。
 
 宿の主人の話を聞きながら、術師は狐につままれたような気分で呆然としていたが、昨夜の祭の賑わいを脳裏に描き、術師はそっと苦笑を浮かべた。
 
 この街の生真面目な住民に教えてやりたい。
 アンタらのご先祖様は、腹の底からこの祭楽しんでいるよ。と
 ただし、厳かにただ祀られ、祈られているのは性に合わないようだが。
 今は大半が瓦礫の山となり果てたこの街に、どんな辛い出来事があったのかは知らない。 ただ、それを嘆くでも恨むでもなく、遥か昔この街に生きた人たちは、廃墟となってもこの街を愛し、賑やかに祭を楽しむことを選んだようだった。
 
 
 その後、宿屋の食堂で朝食をとる術師のもとに、同じように主人から話を聞いたらしい僧侶が訪ねてきた。
 
 そして、開口一番こう言った。
 
「先ほどご主人に伺ったのですが、昨日のお金、どうやらこの国の通貨ではないそうですよ」
 
 当然のように挨拶もせず黙殺体制で食事を続けていた術師は、僧侶の言葉にさすがに食事の手を止め振り返った。
 
「待て。それじゃあこの金」
 
 うろたえきった表情の術師に、相変わらず笑顔のままの僧侶が言葉を継いだ。
 
「無価値。タダ。まあ表現は色々ありますが、結局は私たち」
 
「騙されたってことか」
 
 言葉と同時に、術師は札束を置いて立ち上がった。
 そのまま素早く荷物を手に取り、宿の出口へと駆けるような勢いで向かっていく。
 
「おや、急にどちらへ」
 
 問う僧侶に。
 
「急用を思い出したんだ」
 
 そう言って別れの挨拶も振り返りもせず、店から出て行った。
 
 もちろん、食事の代金も払っていない。
 
 大方、昨日の稼ぎをあてにして有り金を使い果たし、一文無しになっていたのだろう。
 
 取り残された僧侶は、その暴挙に嫌な顔ひとつせず、そっと術師が置いていった札束を手に取って、呆然とその様子を眺めていた宿の主人に話しかけた。
 
「先ほどのお話ですが」
 
 その札束を見て、宿屋の主人は、とても嬉しそうに頷いて答えた。
 
「ああ、それは確かに大昔のこの国の紙幣だ。どうしてか未だに遺跡からも発見されなかった、それは貴重な物だよ。百倍なんてケチは言わない、言い値で買わせてくれ!」



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