金貨3枚

分かれ道なので別れることにした。
道はどれも平坦。どこに続いているかはわからないがひたすらに長く続いている。

これまで否応無しの一本道でいい加減同行者にも苛立ってきたところだ。と皆快諾する。
これまでの苦労を思い出したのか、三人は今更同行者のほんの数分前の足音にすら苦情を並べ立て始めた。
とにかく別れるのである。そうと決まれば三人は大喜びで道を選ぶ事にした。
しかしああこれで面倒がなくなってせいせいする。今すぐにでも一人になりたい。などと好き勝手を並べ立てるので話は一向に進まない。
残念な事に地図がないので三本の分かれ道を適当な手段で選ぶことにする。
気の利かない奴だ、そういうお前だって持っていないだろう。緊張の糸が切れてさっぱりしたのかいつも以上に饒舌に罵りあう三人は、そろそろ程よく殺気立っていた。

どうやって道を選ぶかの話になり誰もが我先にと道を選ぼうとした。
ジャンケンは50回程あいこになったところで僧侶が息切れを起こし中止された。
あみだくじは「あみだくじの場所を誰が一番に選ぶかあみだくじ」の類が増殖し5回戦に突入する頃に剣士が時間の無駄に気付いて中止された。
平和的に各々の行きたい道を先にあげつらねてはどうだと一般的な意見を術師が述べたが、術師を含め三人ともが「二人の行かない場所ならどこでもいい」という傲慢な意見で意気投合したので中止された。


らちがあかない。うっすらと三人が気付き眉を潜めた。


そこに、僧侶が硬貨を取り出してピンと指で空へ投げ放った。
当然のように慣性に従って落下してくる硬貨を、手馴れた様子で手の甲に乗せると二人に問いかける。

「女神が居るのは表?裏?」

その一言で意味を理解した二人は一度お互いに視線を合わせると我先にと口を開いた。

「表!!」
「裏!!」

見事分かれた二人の言葉を聞いて僧侶はいつになく嬉しそうににっこりと目元を緩ませ手を開く。
そこは確かに金色の硬貨が乗せられていたが、あるのは紳士的な男性の顔だけで表にも裏にも女神はいなかった。


「私の勝ちだ」


二人が唖然とする中、僧侶はすばやく荷物を掬い上げると左の道を選び歩きだした。
二人が我に返る時にはすでに僧侶の姿は遠く、文句をつけに追いかけるのも面倒だったので諦めた。
残されたのは術師と剣士。
剣士がさてどうしたものかと悩もうとした最中、術師の少し嬉しそうに彼を呼ぶ声がした。振り返ると何時の間に出したのか金貨を一枚持っている。

「ほら、お小遣いやるから」

野良猫の餌付けに見せる愛情を込めた瞳を受けて剣士は少しだけ沈黙した後にこりと金貨を受け取った。そしてそのまま手のひらを開いて金貨を中心に置くともう片方の手で、指で、狙いを定めて的確に術師の額に打ち放った。
金貨は、ピペッィンとよくわからない音を立てて狙った通りの場所に着地した。
術師が痛みを堪えて額を押さえる姿を見ながら剣士は懐の金貨を一枚だし、先程の僧侶と同じように空へ放った。違ったのは手の甲で受け止めた後自分の手で結果を隠さなかったことくらいだろう。


「裏」


手のひらのカンニング兼回答を見てすぐまた懐に金貨を仕舞いこむ。
そしてまだ痛みを堪える術師を置いてすたすたと真ん中の道へ歩き出した。


左の道を道なりに歩いた僧侶は道すがらふと露天商を見かけ声をかける。
何を取り扱っているのかと尋ねればこの辺の地図です。と返事がきた。
これは助かった私はこの先の道を存じ上げません。よければお譲りいただけませんでしょうか。僧侶が尋ねると露天商は金貨一枚でいいと言う。
大方相場に相違ないと考えた僧侶は懐から金貨を取り出し露天商に手渡す。
日に焼けて、真新しいとは言えない地図だったが次の街までの目安にするのには充分だった。
僧侶は地図を覗き込む。



中央の道を道なりに歩いた剣士は道すがらふと腰を下ろし始めている露天商をみかけ声をかける。
何を取り扱っているのかと尋ねればこの辺の地図です。と返事がきた。
これはよかった地図はないかと思っていたところです。よければお譲りいただけませんでしょうか。剣士が尋ねると露天商は金貨二枚でいいと言う。
相場より高いのではないかと問い詰めてもこれが相場だと言われては仕方がないので剣士はこう答えた。

ああなんということだろう。私の郷里では地図は金貨一枚と決まっていたもので今回もそうだろうと思っておりました。金貨二枚いえ、私も旅人ですから持ち合わせておらぬわけではありません。しかし一枚だと思い計算をしていた為に蓄えから金貨をもう一枚多く出してはこの先地図を手に入れたとしてもその地図の示す先にまでいけるとも思えません。
しかし先程申し上げたとおり地図はないかと思っていたところですから地図なくしては先に進めるとも思わない、手に入れなくても死に絶え、手に入れても死に絶えるこの逆境を打破することなんてできるものだろうか、ああ私が地図は金貨二枚の相場を知っていたらこのような・・何と不甲斐ない事か自分の愚かさを恥じて死んでしまいましょうかいえそれもまた本末転倒という・・え?なんとお優しい、金貨一枚でよいと?いえいえそのような恩を受けてもお返しする事ができません、恩ほどのことではない?何と心の広いお方でしょう、ありがとうございます。貴方のような素晴らしい方がいらっしゃったことを私は忘れはいたしません。

途中までは何か口を挟もうとしていた露天商も最後には剣幕に押され、金貨一枚と引き換えに地図を引き渡していた。受け取るやいなやにこりと微笑み剣士は先を急ぐ事にした。
日に焼けて、真新しいとは言えない地図だったが次の街までの目安にするのには充分だった。
剣士は地図を覗き込む。



残された右の道を道なりに歩いた術師は左から雑木林を抜けて歩いてきた男性を見かけ声をかける。どこから来たんですか?と尋ねるといえ今商いをやっていたところ酷い目にあったのでこちらに来ましたという。
それは大変でしたね、ところで何を取り扱っているのかと尋ねればこの辺の地図です。と男性は答える。数枚は取り扱っていたんですが今は最後の一枚です。とも付け加える。
それは助かった。やはり地図はあった方がいい。よければお譲りいただけませんでしょうか。といった感じのことを術師が尋ねるとその男性は少し考えた顔をした。
幾らだい?ともう一度術師が確かめると男性はやはり少し考えてから「あんた今金貨は幾らもっているかい?」と尋ねた。
正直に答えても正直に答えなくても1枚しかなかった術師は正直に「1枚です」と答える。男性はそれを聞いて安心した顔をすると「じゃあ一枚でいいよ」と笑顔で答えた。
そうか、じゃあこれをと金貨と引き換えに地図を術師が受け取ると、男性はよかったもう帰ることにするよ今日は店じまいだ。そういって術師の辿ってきた方の道へ歩きだした。

じゃあ、ということは実はもう少し安くしてくれるかもしれなかったのでは?と気付きながらもある程度相場通りだろうと思い直して術師は地図を手に取る。
日に焼けて、真新しいとは言えない地図だったが次の街までの目安にするのには充分だった。
術師は地図を覗き込む。



しばらく立ち止まりじっくりと地図を覗き込んだ後、術師はくるりと踵を返すことにした。
上手く行けば先程の露天商の男性に追いつけるかもしれない。今日は悪いが彼の家に泊めてもらえないか交渉してみよう。
少なくともしばらく先に進むのはやめよう。術師は地図をしまいこみながら出遅れた自分を褒め称えた。



地図には当然ここまでの道のりとこれからの道のりが記されている。
彼やそこまでの同行者の別れた三本道の先はあと数時間も歩けば再び合流する平坦な道として描かれていた。



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