切れない絆


「どんなに手を尽くして逃げようが撒こうが殴り倒して埋めて来ようが追って来やがる」

ぐったりと椅子の背にもたれ掛かり、術師は心底鬱陶しそうに、向かいに掛ける剣士と僧侶を睨んで言った。

「アンタらは可動式のトラップか」

射殺すぞと言わんばかりの視線を受ける相手はといえば、まったく気にした風もなく、円卓の中央に置かれた、人の背丈ほどある巨大な
「モンスターパフェ」を突き崩している。この食堂の名物らしい。
先ほどから店中の客がこのテーブルを興味深げに伺っている事も手伝い、術師の不機嫌は増す一方だ。
剣士はパフェの攻略を続けながら、いつもの如く無表情に返した。

「偶然ばったり出くわした友人に、有無を言わさず殴りかかるのは、トラップとは言わないのだろうか」

「手段を選ばなくなってきましたねえ」

僧侶は何が楽しいのか微笑みながら言った。同じように中央のパフェを、何故か危ういバランスになるように根元から突き崩しながら。

「偶然でもばったりでもねえだろ。つうか友人ですらねえよ」

…まさかこれ、棒倒しの要領で遊んでるとかじゃねえよな。そう、一抹の不安を感じながら、術師は呻いた。

「失礼ですねえ。人をストーカーか何かのように…まあ、確かに発見次第追跡はしていますが」

「逃げられると追いたくなるだろう」

剣士が再びパフェをつつくと、巨大なクリームの山がグラリ、と揺れた。
幸いにも僅かに傾いただけに留まったが、どう考えても、術師のほうに倒れる算段で掘り進められているように見えた。

「野生動物並みの動機だな。ストーカー以下じゃねえか。
次からは鈍器持って迎撃するからな」

この山を押し返せる風の呪文はあっただろうか。
不毛な会話を投げやりに切り捨てながら、術師は手持ちの呪文を思い返した。
店に多少の被害が出るだろうが、どうせ、元より飲み食いの勘定を払う金などないのだから、騒ぎが起これば逃走の手助けにもなり一石二鳥だ。と心中で頷いた。

「行く先々で偶然出会っていることは事実なんですよ?
発信機までは取り付けていませんから、ご安心を」

「確かに無かったな、発信機は…
その手の研究所やお祓いにまで行ったが、成果なしだ」

お手上げだ。と呻く術師。

「おや、万年一文無しの貴方にそこまでされると」

そんな様子を見て、僧侶は穏やかに微笑みながらで言った。

「なんだか達成感とか感じちゃいますね」

「罪悪感じゃねえのかよ。鬼かアンタ」

アンタら俺をどうしたいんだ。と睨むも、眼前の鬼どもは、相変わらず巨大パフェの突貫工事に忙しい。
術師の抗議をきれいに流し、剣士は慎重にパフェにスプーンを入れながら言った。

「しかし、奇妙な縁もあるものだな。こう何度も出会うとは。
私たちはただ、綺麗な花の咲く道を歩いてきただけだ」

そのとき、ついに、大きな影が傾いた。
巨大パフェの山は倒壊し、同時に、店内に暴風が吹き荒れた。

パフェや、サラダや、テーブルクロスが宙を舞い、店中が大騒ぎとなり、人々が巨大パフェのことを思い出したころには、現場には倒れたパフェの残骸と、主のいない三つの椅子だけがあった。





食い逃げ事件から数日後。
ある町のある魔法具の露店。

店員は、品物を見ていた旅の術師を見て、興味深そうに声をかけた。

「お客様、珍しいアイテムをお持ちですね。
その種は、持っているだけで綺麗な花を咲かせる魔法のアイテムですよ」

いったい何のことだ。と首を傾げる術師に、店員は術師の持つ革の鞄の端を示した。
見ると、いつからか淡く輝く小さな革袋がつけられていた。

ほら、と地面を指差す店員に術師が視線を落とすと、ぽん、と地面に小さな可愛い黄色い花が咲いた。

術師が苦い顔で来た道を振り返ると、色とりどりの花の道が、自分の足跡を辿るように、長く長く続いていた。





それからまた数日後。
剣士と僧侶が花の道を歩いていると、その終点には。

それはまるで湧き水のように、次々と綺麗な花の咲き続ける、花畑のような湖と、観光客の人だかりだけがあった。



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