術師視点

後継者

実は俺も理由は知らない。


朽ちた遺跡の奥深くに、
もしくは深い樹海の奥に。
搭の中だとか、洞窟の最深部なんかにもあったりする。
というか道端にもあったりする。

それはもはや景色の一部。
ごく当たり前、自然の風景。


探せば出てくる宝箱。



俺だって不思議に思わない訳ではない。
いやむしろ、学生時代『何故人は旅に出るのか』という論文の課題を、
『何故振り向けばそこに宝箱は存在するのか』に置き換えて提出したことさえある。
笑顔でレポート叩きつけられたが。

古代人の遺産説。
モンスターの習性説。
大盗賊の隠し財宝説。

論文用に妙に真面目に調べたところ、それはもう次から次へと。

大昔の伝説の冒険家が、後の冒険家を奨励するために、
自分の遺産をダンジョンの奥に置いているなんていう説まで出てきた。

結局、誰も本当の理由は知らないのだろう。




このように理由は定かではない。
しかし、唯一確実なことがある。
宝箱は決して、冒険者に夢を与える為だけに存在する訳ではないということだ。


宝箱の姿を模した魔物『ミミック』。
冒険者の脅威のひとつ数えられている。

宝箱全域が口となっていて、鋭い歯がズラリと生えた凶悪仕様の魔物さんだ。
噛み付かれるとひたすら痛い。そして生意気にも術まで使ってくる。

感想・最悪。

なんの戦闘準備も心の準備もなしに当たりを引いてしまった、なんてことになるともう逃げ出すしかない。

そしてなにより、想像してみてほしい。
何日も掛けて探索したダンジョンの最深部。
いかにもな台座なんかに、ひとつ置かれた宝箱。
高鳴る胸を押さえつつ、開けたらミミック。
三日は拗ねたくなること請け合いだ。




数年前までは、宝箱といえば注意すべきはそのミミックさんであった。
しかし、最近はまた少し違うらしい。


何気なく、森の中で見つけた宝箱。
おや幸運と開け、中身を手に取ったところで、
突然、どこからか見知らぬ人が駆け寄ってくる。
そしてこちらに向かって言ってくるのだ。
「他人の物を盗むとは何事だ」と。
そして、この土地は自分の土地であること、
よってその宝は自分のものであることを捲くし立ててくる。
それはもう鬼の形相で責め立て、相手が動揺したところで一言、こう言うのだ。
「警察に突き出されたくなかったら、今ここで私に謝罪料をよこせ」と。

それはまるで宝箱に化けた魔物が、突然噛み付いてくるようで。

冒険者やトレジャーハンターなど、
宝箱を探し、開けて回ることに生きがいを感じてしまっている人たちは、
それを『ミミック詐欺』と呼び、恐れているそうだ。

ダンジョンの奥から一般人がヒステリックに所有権を叫びながら飛び出してくる状況。
宝箱に喰いつかれるより、よほどインパクトは強そうだが。



しかし、冒険者を震え上がらせた『ミミック詐欺』も、
こうも有名になってしまうと、なかなか上手くいかなくなった。

それどころか、宝箱自体を警戒して、置いていても誰も手をつけないという事態にまで発展した。
これでは詐欺師の方々は生活の危機だ。

そこで、彼らが取った作戦が、宝箱のイメージアップキャンペーンだった。



イメージアップとはいえ自分達が手を引いてしまうのでは意味が無い。
ライバルに退場願うことにしたのだ。

即ち、名称の語源にもされてしまった元祖、冒険者の脅威。
宝箱詐欺の先輩ミミックさんの駆除を始めたのだ。

彼らは、一部の傭兵や冒険者に呼びかけ、ミミック退治の部隊を組織した。
ミミックというのは厄介だが、倒すと結構なお宝を抱え込んでいることが多い。
報酬は一切無い。しかし、もしミミックを倒した際に宝を見つけたなら、
それを報酬とする、という条件につられ入隊希望者はかなり集まったらしい。

今日も『安全で魅力ある宝箱』をスローガンに、搭の中で洞窟の中で、日々部隊は奮闘中。


最近は退治部隊の活躍によって、かなりの数のミミックが退治されている。
そのことによって、探索の安全性が上がったことは事実だ。
しかし、詐欺行為の片棒かついでまでの金儲けとは如何なものか、というのが個人的な感想だった。








と、俺は本日5匹目のミミックを倒しながら考えていた。


許して欲しい。
だってお給料がいいんだもの。


こうして今日もまた、一つのダンジョンがミミック退治部隊によって占拠された。


いつの日にか、宝箱のトラップとして、
モンスターの代わりに詐欺師が飛び出してくることが当たり前となる日も、
そう遠くはないのかもしれなかった。


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