通行許可

道はひとつしかなかった。
選択肢は絞られていた。
結末は決められていた。はずだった。


ある町にあるお金持ちが住んでいた。
そのお金持ちは、町の中心に町の面積の半分を占める大きな土地を持ち、
大きなお屋敷を建て住んでいた。
そのお金持ちは、貯金箱も大きく大きくした。
この町の外れにある、ひたすらに奥に長く広い建物。
公園ひとつ分ほどの面積のあるそれは、
大きな屋敷にも置くことのできない、お金持ちの貯金箱だった。

貯金箱という名の割りに、その建物は開放的だった。
入り口は人を歓迎するように開け放たれ、入り口を潜れば受付まであった。
そして入り口の受付の先は、ただひたすらに奥に広い広間。
そのずっとずっと遠くに、まるで小さな山のように無造作に小高く積み上げられたお金が置いてあった。
徒競走でもできそうな程の広さだったが、ただそれだけだった。

入場料・1000
そう書かれた立て札の隣で愛想良く微笑む受付と、
遠くにお金の山だけを仕舞った巨大な貯金箱は、町外れにぽつんと佇んでいた。


貯金箱の受付。
あまり聞きなれない仕事ではあるが、受付は毎日かなり忙しいようだった。
今日もまた、準備を整え扉を開くと同時に数人のお客様が来た。

貯金箱の受付。
それは意外と重労働だった。
今日もまた、受付を済ませ中へと進んだ数人の今は倒れているお客様を引きずり出し、
外の安全なところへ捨てておいた。

血気盛んで屈強なお客様を運ぶため、この仕事は主に男性向けだった。


そしてまた、お客様が来た。
長い長い廊下を広くしたような広間。
その広間の中央を、冒険者風のいかにも力に自信がありそうなお客様が全速力で駆け抜ける。
どたどたと大きな音が受付まで響いてくるが、別にマナー違反ではない。
音が止み、受付が背後の広間へ様子を伺いに行くと、
天井から伸びている大きな手のようなものにはたかれ、伸びているお客様がいた。

まだ仕事は始まったばかり。
冒険者風のお客様を外へ放り出したところで、今度はとても身軽そうな細身のお客様が来た。
なにやら気配でも伺っているように、細身のお客様は広間の端を慎重に進んだ。
足元の透明なワイヤーを避け、壁のスイッチに手を触れず、
しかし少し進んだところで、足元かなり広い範囲に口を開けた落とし穴に飲み込まれた。


その貯金箱は町の外れにあった。
お金持ちのお屋敷からは何故か遠い位置にある貯金箱だったが、問題なかった。
それは定期的にお金を入れなくても、勝手にお金が貯まっていくとても優秀な貯金箱だったからだ。

奥までたどり着くことができれば、貯金箱の中身は貴方のもの。
という言葉に誘われ挑戦者は後を絶たないが、
その優秀な貯金箱は、未だ挑戦者に屈したことは無かった。

最初からこの広間に安全な通り道など無かったからだ。
正解は用意されていなかった。
道はひとつしかなかったのだ。


落とし穴の底で目を回していた細身のお客様を外に放り出していると、
今度は剣士風のお客様が来た。
慌てて受付へ戻り、受付はとても愛想の良い笑顔を作り言った。
いらっしゃいませ。入場料は1000になります。
剣士風のお客様は一瞬腕を組み考えると、
財布を忘れてしまったから待って。
と言って外へ出て行き、すぐに財布を持って戻ってきた。
確か外にはまだ前のお客様を捨てたままだったはずだ。
見えたわけではないが、おそらく財布を抜き取られているであろう前のお客様に同情しつつ、
後でこっそり軽くチップを抜き取る予定だった受付は、心中で舌打ちをした。

お、結構入ってる。
なにやら無責任なことを言いながら、剣士風のお客様は財布からお金を出し受付に手渡した。
そして通行許可証を受け取ると、広間へと入っていった。

広間の入り口に立ち、剣士風のお客様はしばし無表情に広間を眺めていたが、
おもむろに、ふらり、と第一歩を踏み出した。
そのまま、華麗に、というよりは奇怪な動きで、罠で埋め尽くされた広間を縦横無尽に進んでいった。
何か考えているというよりは好き勝手に動いているとしか思えない。
見様によっては優雅な舞踏のようにすら見えたが、
どちらかというと、やたら活きのいい酔っ払いだ。
そして広間の中央近くまで、何故か罠にかかることなく差し掛かると、
途端、その面妖なほろ酔いステップは速度を上げた。
そのまま加速を続け、ゴールも目前、というところで、

飛んだ。

それまでの勢いを利用した、それはもう見事な跳躍だった。
さらに空中で数度回転を加えた。
そして着地の際には何故か微妙に軌道を修正し、妙な方向に身を反らしポーズを取った。

降り立った先は、お金の山の麓だった。


広間のほぼ全ての場所にはあらゆる罠が張ってあり、避けて通ることなど考えられなかった。
しかもゴールの目前の床は、どこを通っても巨大な堀のような落とし穴が空く仕組みで確実に突破を不可能にしていた。
その上には透明のワイヤーが無数に張られているのだ、飛んで避けることもできない。
用心深い設計者は最後にトドメとばかりにゴールの場所にまで罠を張っていた。

攻略は不可能だった。
正解は用意されていなかった。
勝てるはずの無い勝負だった。はずだった。


広間の作りを思い出しながら、
受付は未だ嘗て無い偉業を成し遂げたお客様を、呆然と眺めていた。
偉大なお客様は、まるで何事も無かったかのように、
どこからか取り出した大きな道具袋に入るだけお金を入れていた。


呆然と立ち尽くしている受付と、黙々と作業に勤しむ剣士風のお客様、
しばらくすると、道具袋も埋まり、お金の山は三分の二程度にまで減っていた。

そこへ、突然爆音が轟いた。
見ると、残ったお金の山の背後、広間の奥の壁に大穴が開いていた。

そしてその大穴を潜って、僧侶風の人影が入ってきた。
それが何者なのか確認する間もなく、さらに呆気にとられている哀れな受付に何かが飛んできた。
反射的に受け止め、手の中のものを見るとお金だった。
入場料です。
そういって微笑む僧侶風のお客様になった人物は、遠いお金の山の麓に立っていた。
僧侶風のお客様は、こちらが受け取ったのを確認すると、
ではゴールですねーと笑って、やはりどこからか取り出した大きな袋にお金を入れ始めた。
もう反則だとか突っ込む気力もなかった。


袋に入り切らなくなくなると、ではお疲れ様でしたーと適当な挨拶を残して、型破りの客人は去っていった。
お金の山は、三分の一ほどに減っていた。


酷い人災に見舞われた哀れな受付は、大きくため息をついた。
そして、おもむろに広間に背を向け、入り口へと引き返すと、
受付の隣にある『立ち入り禁止』と書かれた扉を蹴破った。

その通路は広間の横を通り、お金の山の麓へと出た。
青年は、どこからか大きな道具袋を取り出すと、残りのお金を全部詰めだした。
黙々と青年はお金を拾い、そしてお金の山は完全に姿を消した。

作業が終わると青年は、もう一度通路を引き返した。
受付へと戻ると、もうひとつ取り出した袋に再び何かを入れだした。

そして再び通路の先、今はもうないお金の山の麓。
本当に何もなくなった大きな大きな広間。
今は大穴だけが妙に目立つ。吹き込む風が気持ちよかった。

受付はそこに、大きな袋いっぱいの、通行許可証をばら撒いた。

昨日夜中までひたすら裁断をさせられた恨みのある物体だったが。
吹き込む風に舞う様はなかなかおもしろかった。

小さな山のように積もった許可証を置いて、
術師風の受付は、壁に開いた新しい道から旅立って行った。


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