祭の夜・月夜

それは、ある月夜のこと。
それは、静かでのどかなある村のこと。

月に照らされきらきら輝く黄金の像がひとつ、村の広場の真ん中にいつの間にやらありました。


みたこともない形の黄金の像の前に、二人の旅人が立っていました。
それは、昨日からこの村の宿に泊まっている旅人たちでした。

日も落ちた夕食時、いつもなら人気のない村の広場に、
きらきら光るおかしな像に興味をひかれ村人たちが集まってきました。


「この像は『おひねりさま』と呼ばれる、遥か東方の島国に伝わる由緒正しい御神体です」

ある意味神々しくさえある妙な像を背に、僧侶らしき旅人がそう語りだしました。

「『おひねりさま』は商売繁盛と豊作を司るそれはそれはありがたい神様です。
 丁度、御神体をひとつ持ち歩いていたので、一宿一飯の恩に報いようとここに設置させていただきました」

豊作と聞いて、農家の男が興味深げに「私達は何をしたらいいのか」と僧侶に聞きました。

「お祭り好きな神様ですので、月に一度この像の周りでお祭りをすると良いのです」

同じく御神体の前に立っていた剣士らしき旅人にお祭りの方法の書かれた紙を配らせながら、
僧侶は集まった村の人々に簡単にお祭りの説明をしました。


内容はやっぱりとてもおかしなものでした。

見たこともない装束と仮面をまとうこと。
御神体に祈るときは、裏声で「ひきわりなっとう」と叫ぶこと。
片手に村の特産物を、片手に作物の生長を祈る竹を天高く掲げること。
祭りの歌というものを歌いながら、奏でながら行うこと。

お祭りの方法と一緒に僧侶が村人に教えていった祭りの歌というものも、黄金の像に負けず劣らず珍妙な歌と音楽でした。



*     *     *



それは、静かでのどかなある村の宿。
その日ふらりと現れた、三人の旅人が泊まっている部屋。

部屋の窓から差し込む日の光がとても暖かいころ。
村の広場の真ん中に妙な像が設置される半日ほど前のことでした。


「こう暇だと、無性に賭け事などやってみたくなりませんか?」
部屋にいる二人の旅人のひとり、僧侶らしき旅人がもうひとりの旅人に突然そう問いかけました。

「確かに、あれも買出しに出かけていて暇なことこの上ないしな」
剣士らしき旅人は、部屋の窓からもうひとりの旅の連れが出て行った方を眺めて言いました。

「丁度遊びに使えそうなものもありますし」
僧侶らしき旅人は、そう言って表紙に『世界祭り大全』と書かれたおおきく分厚い本を取り出しました。懐から。

「この中から適当におもしろそうな祭りをくっつけて、オリジナルの祭りでも作ってみませんか」

「賭けの内容は?」
渡された分厚い本をめくりながら剣士は僧侶に尋ねました。

旅用の大きな道具袋から紙とペンを取り出しながら、笑顔で僧侶は答えました。
「嘘八百並べ立てて、おもしろ捏造祭りが布教できるかどうか」





村の広場の真ん中に、月に照らされきらきら光る珍妙な像ひとつ残して、
二人の旅人は、無責任に祭りの方法だけを押し付けて、また旅立ってしまいました。



「結局、賭けの勝敗はどのようにして知るつもりだ?」

村を出て一日ほど歩いた先のある港町の酒場で、剣士は向かいに座る僧侶にふと問いかけました。

「賭けの勝敗は、術師殿が教えてくれますよ」

とある事情でいまここにはいないもうひとりの旅の連れを思い、微笑みながら僧侶は答えました。

「あれは一昨日、村の祭りに使う御神体の中に塗りこめてきたのだろう」

「塗りこめてなどいませんよ。封印の像に取り込ませてみただけですよ。
 あの像の封印は、村の方々があの説明通りに祭りを行えば解除されるようにしています。
 ですから、お怒りになった術師殿が殴りかかってきたときは、祭りが行われたということで、
 賭けは私の勝ちになりますねー」

「なるほど。あれには悪いが、私とお前で賭けをしている以上第三者に判定してもらうしかない」

「そういうことです。封印ですから最悪解けなくても命には関わらないことですし。
 一応、三年たったら強制的に解けるようにはしてありますけれどね。気長に待ちましょう」

「三年か…確かに気長だな」

淡々と返答をしていた剣士が、ふと窓の外を見て急に席を立ちました。

「…………唐突だが、ここは危険だ。早々にここを離れるぞ」

「何か、嫌なものでも見えました?」

僧侶が窓の外の港町の大通りを見ると、
町の入り口の方向から、こちらへ向かって駆けて来る、見慣れた旅の連れの姿が見えた。

「おや、賭けの結果はずいぶんと迅速ですねぇ」

気づかれたか、とちいさく舌打ちしながら、諦めたように剣士は言いました。

「……賭けは私の負けか……
 あれだけ実行したくない祭を考案してみたというのに」

「あはは。思った以上につわものぞろいだったようですね、あの村も」

走りくる賭けの結果は、あの村でとてもとてもおかしな祭りが行われたという証。


「とりあえず、やはりここは危険だ。今すぐここを出るぞ」

席を立ち、荷物を手に剣士は再びそう言いました。

僧侶も席を立ち、窓の外を眺め微笑みながら、言いました。



「ええ、そうですね。賭けの結果が、勢いあまって殴りかかりに来る前に」


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