呪い

ある冬の日の昼時、ある港町のある料理屋。


とある旅の術師は、知人の僧侶に出会うなりこう言われた。


「貴方、呪われてますね」


いきなり、何の悪い冗談だ。

そう術師が反論の口を開く前に、さらにこう続けられた。

「運の悪魔に、金の悪魔、それと幸の悪魔…といったところですか。
 すごいですね。豪華ラインナップ」

「呪いって言わなかったか。
 どん底じゃねぇのか、そのフルコース」

なんでそんな事まで分かるんだ。
まずそんな疑問が浮かんだが、こいつの場合今更かと切り捨てて。
とりあえず術師は、うんざりする豪華な顔ぶれに呻いた。

「貴方の金欠と不運と日々の苦労って、
 貴方の素行に起因するものだと納得していたのですが…
 そんな面白くない立派な理由があったのですねぇ。心底残念です」

でも、そんな呪い受けてしまう時点で、十分に不運なのでしょうけどね。
散々な物言いにご丁寧に追い討ちまで添えて、口調だけひたすらに穏やかに罵倒してくる僧侶。
術師はひきつりまくった表情で、手に持ったフォーク――改め手近な凶器をぐっと握り、刺してやろうかと半ば本気で考えていた。

しかし、呪いを受けていることは間違えないはずなのに、何故だか嫌な感じがしない。

僧侶はそう感じたが、それは口には出さずに話を続けた。

「私は今日はじめて気がついたのですが、いつ頃からあったのでしょうね? その呪い」

「呪い…って言われてもな……
 認めたくねぇが、今更な内容すぎて特別どこか変わった感じはしないな……………いや……」

一度言葉を切り、何か考え込むように視線を逸らして、
なんとも微妙な表情で、術師は珍しく自信なさ気に呟いた。

「むしろ、最近なんか運とか収入とか…いい…? ……ような気がするんだが…」

「なるほど。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのですね」

「やめてくれ。ものすごく納得しちまうから」

あまりな即答にフォーク――凶器を持つ手に力がこもる。
僧侶はそれを気にもせずに、術師に問うた。

「で、何か心当たりなどはないのですか?
 運がよくなったように感じる以前に、何か変わった事があったとか」

「特別変わった事って程でもないが……」


それは今より一月程前の話だった。

術師が旅の途中で立ち寄ったある町は、恒例行事の『町中の粉という粉を撒いてかけあう祭』の日だったらしい。
今年はちょうど祭の日に大雨になってしまい、いつもは町の大通りでやるはずの祭を、町長宅の広間ですることになったらしい。
雨が振り込まないよう締め切ったあまり広くはない広間の中に、入れるだけの町の人々が入り、膝までいろいろな粉に埋まって粉と格闘していた。
そこへ突然、扉を蹴破り賊が襲ってきた。もちろん、祭のことなど知らない様で。
大声で「金を出せぇ!!」と叫びながら、手に持った銃を威嚇のために天井に一発。

「で、何故か大爆発」

「何故か、なんですか……?
 あとそこまでは特別変わった事ではないのですか」

「よくある事だろ」

「ないと思います。
 ところで巻き込まれた皆さんは…」

「それも何故か全員無事だったらしい。
 なのに、何故か俺だけ気がついたら妙なところに飛ばされててな……」


気がつくと、見知らぬ森の小道に倒れていた。

軽く見回しても、近くに先ほどまでの屋敷があるようにも、町の一部にあるようにも見えない。
他の人たちの状況をあまり見ていたわけではないが、自分だけこうも盛大に場外ホームランとはどうなんだ。
と理不尽に思いながら、そこが何処なのか探るために歩き出すと、急に声が掛けられた。

声の方を振り向くと、ひとりの男が立っていた。

「どうしてこんなところで寝ていたんだ?」そう問いかけてきた男に、素直に事情を話した。
男は話を聞いて一瞬、呆気に取られた顔をして、そして一拍置いて大爆笑された。
「お前、運ないなぁ」と笑い声の間に言い、そして笑顔のままさらにこう言った。
「お前は食わないことにする。食うとこなさそうだし、おもしろいから」と。
意味は分からなかったが、とりあえず笑顔で手を振る男に別れを告げて、術師は小道を歩き続けた。


森の小道を抜けると、海の見える丘に出た。

そこで、今度は見知らぬ女性に声を掛けられた。

「貴方、お金もってる?」初対面のはずの女性は、妖しく微笑みながら、突然そんなことを言ってきた。
「残念ながら貧乏神に愛されてるんだ」と、苦笑いで目を逸らしながら答えると、
何故か「あたし、貴方のことなんて知らないわよ?」と妙な返答が返ってきたが。
尚も妙にべたべたとくっつきながら「本当に? 本当にもってない?」と聞いてくる彼女に、仕方なくどれほど金欠かを話してみた。
「流石に同情するわ」と話を聞き終えた彼女は、大笑いしながら言葉だけで同情してくれた。
「大変そうだけれど頑張ってね。あなたを食べるのは諦めてあげるわ」そう言い残して、女性も去っていった。


丘を登ると、空と海がとても綺麗に見える風車の立つ頂の草原に出た。

そこで、見知らぬ老人に声を掛けられた。

「若いの。幸薄そうな顔をしておるな」微笑みながらも、しっかりと失礼なことを言ってきた。
老人は、草原に立ってなんとなく空を眺めていた術師の横に腰を下ろし、「座れ座れ」と勧めてきた。
素直に座ると、今度は「最近何かツイていることはあったかね?」と尋ねてきた。
さっきからこんなことばかりだな。と思いながらも「あまりない」と答えて、ついでに日々の苦労話を話してみた。
なんとなく老人との会話が楽しくて、日が暮れるころまで話していると、老人が笑いながらこう言った。
「若いの。負けるでないぞ。この先きっと少しかもしれんが、いいことがあるはずじゃ」そう笑って。

「ほら、食わんでやるから、はやく帰るんじゃぞ」と老人に軽く背中を押された。


そして、再び目を開けると、そこは元の町長の屋敷の粉の舞い散る広間だった。


「たぶんあれ臨死体験」

「夢も希望もない結論ですね」

一言で切り捨てた術師の言葉に、流石に苦笑しながら僧侶は言った。

「この世界のどこか…そう簡単にはたどり着けないどこかに、
 神や悪魔と呼ばれるものが住む場所があるという話ですよ。
 何かの偶然でそちらに飛ばされたのかも知れませんね」

「じゃあ、あの時会ったのがその悪魔なのか?」

「ええ。きっと………」


きっとそれは苦い表情で、慣れない作業に苦戦しながら、
気まぐれに悪魔が与えた、小さな幸せを押し付ける呪い。

それは同情だったのか。それとも面白い話の礼だったのか。



悪魔の祝福を受けたはじめての人間なのかも知れないな。



とても希少かもしれない知人を見てそんなことを考えながら、

僧侶は気づかれないように、ちいさく笑ったのだった。


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