「夕闇の町を駆け抜ける、怪しい見知らぬ影ふたつ。
 ひとりは、まるで荷物のように、町の少女を抱きかかえ、はやくはやく走ります。
 無数の歓声を背に受けて。
 たくさんお供をひきつれて。
 それはまるで、夜のパレードのようでした」
 
 
空色の想い(後編)

 
 
「と、物語調で表現してみたのだが、どうだろうか。
 殺伐とした喧騒が、あら不思議と楽し気に」
 
 町を走る人影の、荷物を持たない方が言いました。
 誘拐の共犯者は、帯剣していることから、剣士であるようでした。
 
「訂正箇所が二箇所あるな。
 『歓声』ではなく『罵声』。
 『お供』ではなく『追跡者』だ。
 あと、夜のパレードっつうよりは、大捕物だな」
 
 荷物を持った人影はそう答え、そして一度大きく息をついて、続けました。
 
「最後の質問は、是非とも背後の『お供』の方々してやってくれ。
 主に、俺たちを見た瞬間、誘拐と決め付けた方。
 さらに、迷わず警官に通報してくれた方。
 あと、延々と罵詈雑言並べ立ててくれている方々。
 どうしてこう、この町の方々の防犯意識はしっかりしていらっしゃるのか…。
 表現変えたところで、彼らが楽しげに見守ってくれるとは思えねえがな」
 
 と言って、呼吸を整えるためにもう一度、大きく息をつきました。
 誘拐の主犯は、旅の術師のようでした。
 
「ふむ。では追いつかれた際は、その方々にご意見願うとしよう」
 
 真顔で頷く剣士に、まぁその場合、質問責めにあうのはこっちだろうけどな。と術師は小声で言いました。
 
「ところで、このところ姿を見かけないと思っていたが、山篭りで修行でも積んでいたのか」
 
「どこの格闘家だそれは…何を根拠にそうなった」
 
 実際アンタを避けてただけなんだけどな。とは口に出さずに、術師は問いました。
 
「走り方が達者になった。
 陸上競技で世界でも狙ってみる気になったのか」
 
「それはお得だ。残念だが、俺は何もしてねえよ。
 ……つうか、やっぱり只者じゃねえな彼女……」
 
 後半の呟きは、背後からの怒鳴り声にかき消されたようで、剣士は気にした様子もなく、再び話を続けました。
 
「もうひとつ、不思議なことがある」
 
「内股で走ってたりとかするのか、俺」
 
「いや、走りはこれ以上となく男前だ」
 
「……そりゃ、どうも…」
 
「先ほどから不思議に思っていたのだが。
 何故お前は、そのような嬉しそうな顔をしているんだ」
 
「……………………は?」
 
 それまで諦めきった表情で、無言で担がれていた少女は、誘拐犯の顔を見上げながら言いました。
 
「変態」
 
「せめて疑問系で…」
 
 ああ、罪過は増える一方だな。などという剣士の声を聞き流し、術師は表情を全力でマイナス方向に軌道修正してから言いました。
 
「とにかく誤解だ。俺にそんな趣味はねえ。
 好きでにやけてる訳じゃないんだ」
 
 術師は、きっぱりと言い捨てた少女に反論をして、せめて表情筋の自由くらいはください。と心中で誰かに抗議したのでした。
 そして、本日何度目とも知れないため息をつき、背後の追跡者を肩越しに眺めて、ああ、と気がつきました。
 
 きっとその誰かは、こんなにも、少女が町の人達に愛されているということを知って、心の底から安堵したのだろうな、と。
 
 
 
 剣士を囮に叩き出して、術師と少女は夕暮れのパレードは終点へたどり着きました。
 
 術師が少女の家に入り彼女をそっとおろすと、心のどこかからあふれてきた自分のものではない暖かい気持ちに「仕方が無い」とまたひとつ息をついて、術師は体の主導権を完全に放棄したのでした。
 
 
 
 
 
 
 その翌日。
 きらきらと朝日の眩しい、よく晴れた朝のことでした。
 
 冷たく澄んだ風の吹く小高い丘には、小さな石碑がひとつだけ。
 その石碑に背中を預けて、丘の下に広がる町を眺める人影がありました。
 それは、晴れた日の空の色の服を着た女性でした。
 
 町を見下ろしていた女性は、ふたつの足音が近づいて来ていることに気がつきました。
 彼女が振り向いた先には、ふたりのお客がやってきていました。
 
 ひとりは術師で、ぐったりとそれはもう面倒くさそうに、片手に大きな包みを、片手でもうひとりの手をひいていました。
 もうひとりは少女で、晴れた日の空の色のマフラーをしていました。
 少女は、いっぱいの花束を抱えて丘を登っていました。
 
 
 ふたりが石碑の前に立ち、女性は石碑を挟んでふたりと向き合いました。
 
 少女は花束をぎゅっと抱いて、石碑だけを見つめていました。
 術師は、女性と一瞬目を合わせて、すこし困ったように笑った後、石碑の前に膝をつきました。
 
「忘れ物だ」
 
 そう語りかけて、術師は手にしていた開かれた手帳を石碑の前に置きました。
 
 少女は、術師の隣に立ち、石碑の前に花束を置いて、言いました。
 
「おかあさん、ありがとう」
 
 そして、術師から大きな包みを受け取り、解きました。
 出てきたのものは、晴れた日の空の色の傘でした。
 
 少女は、ひらいた傘で小さな石碑をそっと覆って言いました。
 
「マフラーあったかいよ。
 わたしも、おかあさんが寒くないように、プレゼント買ってきたの」
 
 ありがとう。また来るね。と短く言って、少女は立ち上がって石碑に背を向けて歩き出しました。
 
 思わず立ち上がりかけた術師に、少女は振り向いて言いました。
 
「見送りなんて必要ないわ。
 わたしは、ひとりではないもの」
 
 少女は涙を隠すためすぐに走り去ってしまいましたが、振り向いた少女は昨日よりずっと明るい顔をしていました。
 
 
 
 残された術師は、石碑の前の手帳を拾い上げました。
 開かれた手帳には、『あなたに仕事を頼みたい』と書かれていました。
 同じように今朝この荷物運びを頼んだ少女を思い、なるほど親子だ、と思いながら、術師は向かいに立つ女性に手帳を渡しました。
 
 女性は、術師から手帳を受け取ると、新たに一行、書き足しました。
 
『ありがとう』
 
「どういたしまして。
 それよりこの仕事、報酬はなしとか言わねえよな」
 
 娘さんからもお礼もらい損ねたんだが。と苦い顔をしている術師に女性は微笑みました。
 
 開かれた手帳に、もう一行。綺麗な字がさらさらとつづられていきました。
 
『お腹がすいたらいつでもいらっしゃい。
 自慢のシチューをご馳走しますよ』
 
 敵わない、と術師は苦笑して言いました。
 
「セルフサービスだけどな」



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※術師キモイって思っていただけたら満足です。
※一年半くらい前に半分書いたのに、術師が不気味すぎて断念した小話でした。