大通り

そこは、ある町の大通り。
爽やかな朝の大通りは、町の人々の賑やかな悲鳴で活気に溢れていた。


ひたすら長く続く、ゆるい下り坂の大通り。
左右にならぶ露天の売り物を跳ね飛ばし、買い物客たちを大混乱させつつ、
駆け抜ける一台の馬車があった。

競走馬にすらなれそうな勢いで一心に駆ける二頭の馬達と、
逃げ惑う人々を無慈悲に、無感情に見下ろしながら御者代に座る男は、
後々まで、この町で一番の恐怖として語り継がれるほどだったという。

唯ひたすらに大通りを駆け抜けていた恐怖の暴走馬車は、
しかし、突如進路を変え横道へと入っていった。勢いはそのままに。


過ぎ去った恐怖に大通りは安堵の声に溢れた。
そして、平和の戻った大通りに、
馬車の去った横道からは新たなる被害者の悲鳴が響き渡った。



宿屋から大通りへと続く道。
その道の端、建物の壁にもたれるように座り込むひとりの術師がいた。
正確には座り込んでいたのではなく、腰を抜かしていたのだが。

その日、術師はなんとなく朝の日課となってしまっていた散歩へ出ようと、大通りへと向かっていた。
宿屋から少し歩き、大通りへの交差点へと近づいたあたりで、
突如、大通りから角を曲がり馬車が現れたのだ。

そして、その通りに悲鳴が響き渡った。

しりもちをつきながらもなんとか避けることには成功した。
壁と地面で力いっぱい打った腰と尻が痛かったが、あれにはねられるよりはマシと思えた。

未だ呆気にとられて座り込む術師の元へ、背後からガタゴトと再び馬車の音がしてきた。
見ると、通り過ぎていったはずの馬車が器用にも引き返して来ていた。バックで。
馬の健闘に感動を覚えずにはいられない。
そのまま、術師の横でぴたりと止まる馬車。
その御者台には、予想通りというか、見飽きた剣士の姿があった。

眉間に皺を寄せ、引きつりまくった表情で御者を睨む術師に、相手は無表情のままにこう言った。
「きゃ、ごめんなさーい。大丈夫ですかー?」と。


掴み掛からんばかりの勢いで立ち上り、詰め寄る術師。
それに、「まぁまぁ、立ち話もなんだから。」
と見事な棒読み、無表情を保ちつつ良くわからない言葉をかける剣士。
そして、「さあこちらへ。」と馬車の扉を開け中へと招く。
ちなみに、何故か剣士は御者台の上から動いていない。
………なんで開いたんだろう………
術師はそう思いつつも、流れでつい中へと入ってしまった。
そしてやはり何事も無かったように閉まる扉。
もはや諦めきった表情で術師は席に着いた。


「で、アンタいつから馬車なんて持ったんだ。バイト?」
御者台の剣士を睨みながら聞く術師。
「あるのか御者のバイト……
 残念ながらもっとありがちな理由だ。」
術師のほうを振り向きもせず、剣士はそう語りだした。

「私は数日前から、爽やかな水色の服の方々数人と一定距離を保ちつつ、かつ最大速度での散歩を嗜んでいるのだが。」
全くありがちではないスタートを切った話の続きも気になったが、それ以上に…
「オイ待て、水色の服って一般的な警官の制服だよな。」

しばしの沈黙。

その間に再び馬車は大通りへと向かい動き始めた。
そして相変わらず振り返りもせず、御者台から淡々とした声が届いた。
「実は私、なんと現在絶賛指名手配中☆」
「今すぐ降ろせえええ!俺を巻き込むなあああ!」
通りに再び術師の悲痛な叫びが響き渡った。もちろん馬車はとまる気配すら見せなかったが。
「ちなみに罪状は、町の名物の牛乳風呂ににがりを持ち込もうとした罪だ。」
「アンタ本当に何やってんだ…馬鹿の高みなんて目指してもいいこと無いぞ。」
「馬鹿は高みを好むものだろう。生憎私は馬鹿ではないが。」
精一杯の嫌味にも、自覚のない返答だけがただ淡々と帰ってきた。


「今朝も散歩に精を出していたのだが、
 その散歩にもだいぶ飽きてきた頃に、偶然止めてあった馬車の横を通りかかった。
 そして、その馬車につながれていた馬と目が合った。
 私が導かれるままに、御者台で休憩中の方を蹴落として馬車を拝借したところでなんの問題があるだろう。」
淡々と続く剣士の語りに、眉間を押さえ項垂れる術師。
「彼らはひたすら町の外を切望していた。
 私はそれに従い、全速力で大通りを門に向かって進んでいたのだ。
 しかし、その途中で不意に私にもやりたいことが出来てしまった。」
術師は心底嫌そうに聞いた。
「………………何を?」
それに、さも当然といった風に答える剣士。
「よくあるだろう。
 見知らぬふたりが角で衝突。
 愛が芽生えるという話だ。」
「よくあるのか…?いやその方面は詳しくないんだが…」
「遅刻遅刻ーと叫びながら衝突するのが条件らしい。」
それはもう大真面目に語っていますと言った声に、はぁ…と気の無い返事を返す魂抜けきった表情の術師。
「馬車を走らせていてつい、思い出してな。
 近くの角で試したくなってみた。馬車のまま。」
「殺人計画か…?」
「素敵な出会いがあるような気がしたんだ。
 都合の良いことに、その角の先にお前が寝泊りしてる宿があったはずだし、
 確か毎日この時間帯にここを通って散歩をしているのを把握していたしな。」
「計画的犯行じゃねえか。しかも俺か。」
「実行したのだがな。ちこくちこくーとは叫んでみたのだが、
 馬車の騒音でかき消されてしまったのが敗因か。芽生えなかった。」
ちらりと術師を見る剣士。
「……芽生えたかったのかよ……」



馬車の進路は再び大通り。
速度は再び迷惑無視の最高速度。
計画的暴走馬車、運行再開だ。


朝の大通りは再び混乱につつまれていた。
またも引きつった表情で、怯えた表情で逃げ惑う人々と知人の暴挙を目の当たりにしながら、術師は聞いた。
「で…俺への嫌がらせが目的じゃなかったのかよ。」
「それは私の趣味だ。
 彼らの目的はまだ果たしていない。」
走り続ける馬たちを見ながらそう答える剣士。
嫌がらせ、の部分への否定がなかったことに術師はさらに眉間の皺を深くしていたが。


売り物蹴散らし人ごみかき分け、暴走馬車はひたすら走る。

とうとう、大通りを抜けきり、町の入り口の門が見えてきた。
「……なあ…これ、本当にどこまで行くんだよ。」
一向に速度を落とさない馬車に流石に不安を感じそうこぼす術師。
「さあな。馬に聞いてくれ。」
能天気というかこの上なくいい加減な答えは、何故か真横から聞こえてきた。
「ってなんでアンタが横に座ってんだっ!?」
何故か、いつの間にか隣へ座っている剣士に、術師は本日三度目の叫びを上げた。
自由を得た馬たちは、全速力で町の門から外の世界へと駆け出して行った。


振り返り見る町が、小さく見える。
横からは、音程の著しく欠けた念仏風味の即興であるらしいお馬の歌が聞こえてくる。
ガタゴトガタゴト不快に揺れる馬車は未だその速度を保っている。
術師は、いっそ飛び降りてでもこの空間から脱出したい衝動に駆られていた。
それを見越してか、出口をふさぐように剣士が座っているため、試すこともできなかったが。

「こいつら、こんな全力で走り続けて…いったい何がしたいんだ?」
術師が誰にとも無くそう言いながら、何気なく進行方向へと目を向けると、
その先に、蠢く無数の異様な影が見えた。

その影に向かって進むにつれ、徐々にその輪郭をはっきりとさせた。
「うわっあれ、魔物の群れか!?」
思わず息を呑む術師。
「これまた珍しいほどの団体旅行だな。」
剣士も流石に読経もどきを止めて真剣に見ているようだった。
町からは少し離れた場所ではあるが、それは確実に町へ向けて進んでいた。
おそらく飢えた魔物たちがあの町へ狩りに来たのだろう。
その数はおよそ20から30ほど。
人と同じほどの体格の小柄のものとはいえ、
装備もなしに二人でどうにかできる相手ではなさそうだった。

町に応援を呼びに戻るか、悩んでいた術師はしかしあることに気がついた。
この魔物の群れを前にして尚、馬車は走り続けていたのだ。
御者は未だ自分の隣でくつろいでいる。

まさか……

そう思った瞬間。
最大速度を保ったまま、馬車を引く馬たちは、
オトコマエにも魔物の群れへと突っ込んでいった。


突然の思いもよらぬ奇襲に、寄せ集めの群れは大混乱に陥った。
跳ね飛ばされたまま動かない魔物も見えた。
すっかり勢いを無くした魔物の群れに向かって、勇敢にも体当たりを決めた馬たちは、
そのまま美しいカーブを描きふたたび向き直った。
もう一発食らわすぞ。
そう言わんばかりに蹄を鳴らす馬たちに、魔物の群れは逃げ出したのだった。

術師はもう、呆然とするしかなかった。
隣にいたはずの剣士はいつのまにか御者台に戻り、馬たちと共に勝利を分かち合っていた。

もう、何がなんだか分からなかった。




そして、町を救った勇者たちは胸を張って町へと凱旋を果たした。
もちろん、誇らしげに御者台に座る男は即座に門番にしょっぴかれて行ったが。
今日もまた、役所でお説教をいただくことになりそうだ。
そう何事もなさそうに言ってのける剣士に、殺気の篭った視線を向けながら、
何で俺まで捕まってんだろう、と共に連行されながら、術師は己の不運をひたすら嘆いていた。



こうして、町に再び平穏が訪れた。
この日、町を恐怖に陥れた事件、
何故かけが人はひとりも出なかったそうだが。
競走馬にすらなれそうな勢いで一心に駆ける二頭の馬達と、
逃げ惑う人々を無慈悲に、無感情に見下ろしながら御者代に座る男は、
後々まで、この町で一番の恐怖として語り継がれたらしい。

しかし、実はその馬たちが町を守ったなどとは町に住む誰も知ることは無かった。



誰にも知られることは無くても町を救った勇者たちは、
自らが守った町を、今日もまた蹄を鳴らし誇らしげに駆けていた。


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