宿屋
平和な町の平和な宿屋。
「突然だが、シングルベットにみっしり三人詰まってみるという案についてどう思う?」
「何処の宗派の悪趣味な儀式ですかそれ」
「縦に積むつもりなら私は控えめに一番ベットから遠い所を選んでやろう。
つまり一番上だが」
「縦にってそれこそどこの儀式だよ」
二階の部屋から天井越しに、お客様の会話が聞こえてくる。
音楽替わりにその雑談を聞きながら、宿屋の主人は一階の食堂の掃除に勤しんでいた。
「ちなみに俺は、どんな形であってもひとつのベットに三人入るなんて却下だ。
よってベットは俺がいただく。
アンタたちは仲良く床で寝てくれ。部屋狭いしベットの下に挟まるのも許可してやるから」
「言いたい放題ですね」
「貴様何処のお貴族様だ」
「控えめなお貴族像だな…」
どうやら上の部屋の客は、先ほど何故かシングルの部屋をとった三人組みの冒険者のようだった。
きっと大きな部屋を借りる金がなかったのだろう。
どうやらひとつのベットを三人で争っているようだ。
「どうせ皆さん自分がひとりで独占したいんでしょう。
面倒ですからじゃんけんで決めてしまいましょうよ」
「それは昨夜、うっかりあいこの世界記録を打ち立てかけたばかりだろう」
「何故だか確実に相手と同じもの出さなかったんだよな…全員が」
「50を越えたあたりで、ようやく初めて同じものを出したな」
「全員グーでしたね。
もういい加減やめたいから誰か殴り飛ばしてとにかく数減らそうって暴挙が見事にかぶっちゃって」
「…俺達、いったい何を間違って一緒に旅なんてやってんだろうな本当…」
「とにかくもうあんな確率の奇跡を見たくはないのでいっそのこと一対一のリーグ戦にでも…」
話は穏やかな解決法になりそうだった。
どこかズレた言い争いを楽しんでいた宿屋の主人は、少し残念に思いながら道具を取りにひとときその場を離れていった。
「私の勝ちですね」
宿屋の主人がモップを取って戻ってくると、そんな声が聞こえたきた。
どうやら決着がついたようだ。
「いやまて。石が紙ごときに負けるってのが大体おかしいと思わないか」
「思いません。負け犬は黙って床に伏せしててくださいねー」
「笑顔で散々言ってるな」
「いや俺は断じて認めない。
とりあえず丁度ここに拳大の石と紙があるから」
「何時から何に備えていたんですかその当然の様に懐から出てきた手ごろな石は」
「とりあえずあったから。
そこに紙広げてみてさ、この石思いっきり投げつけるから。
破れたら石の勝ちだよな」
無茶苦茶だ。
というか、破れた場合部屋の備品に当たりはしないだろうか。
今まで人事だと言い争いを楽しんでいた宿屋の主人は真っ青になった。
「やめましょう。もし部屋に傷でもつけたらどうやって弁償するつもりですか。
もう嫌ですからね、窓破ったり穴掘ったりして逃げるのは」
あるのか前例。
なんとか危機は去ったようだが、不審感は高まる一方だ。
「では二回戦だな」
今度は真面目にやってくれ。
そう祈りながら主人は一息つくために台所へ向かった。
「今度は俺の勝ちだな」
暖かいコーヒーを手に宿屋の主人が戻ってくると、上の部屋からそう声が聞こえてきた。
「いやまて」
そこで即座に聞いたことのあるような待ったがかかった。
主人はいやな予感に穏やかな表情を引きつらせた。
「鋏が石ごときに負けるというのが大体おかしいと思わないか」
「思わない。てか流石にそれは勝てないだろう」
「いや私は断じて認めない。
とりあえず丁度ここに拳大の石と鋏がある」
「だからなんで即座に懐から出るんですか拳大の石」
「流行ってるんだよきっと…」
「とにかくこれ握って拳で語り合って見るというのはどうだろう。
倒したほうが勝ちということで」
「なるほど。わかりやすいな」
「まあ、宿に被害はないでしょうし大丈夫ですかね。
掃除面倒ですから、あまりヘモグロビンとかばら撒かないでくださいねー」
という会話の終わりに重なるように、力いっぱい部屋の扉を開ける音が響き。
真っ青な顔をした宿屋の主人が彼らの部屋に駆け込んできた。
結局、彼らは主人が無理やり三人部屋に放り込むことになった。
金はないと言い張る彼らを強制的に大部屋に移したため、料金は結局一人部屋のとても安い値段のままで。
術師「もうこんな犯罪じみた小芝居やめないか…?」
僧侶「いいじゃないですか。安くすみましたし」
剣士「私の台本が上手くできたおかげだな」
術師「上手いか…?その前に何時間もかけて下準備する暇があるなら働いたほうが早くないか」
僧侶「そんな正論っぽく聞こえることなんて言ってますけど、きっと次自分が台本係だから逃げたいんじゃないですかー?」
剣士「言い訳とは見苦しいな」
術師「……………ははは。やってやろうじゃねえか…」
結局、この迷惑な三文小芝居は、剣士が『今回は斬新でグローバルな発想で。なんと主役は虫』
と全編虫語で綴られた無茶な台本を用意するまで続けられたようだった。