ヤマタノオロチ

 最初はただのフェンリルだったんだ。
 むしろ猫や何かに近かったのかもしれない。飼いならされた野良猫は食べ物の音や匂いに敏感で人を恐れることはないという、実際この目でみたこともあるのでそれに違いないとその時思った。

 おかしいと思ったのはそれがいつの間にかケルベロスに変化していた時かもしれない。
 まあまあフェンリルが頭だけ2匹増えたようなものだからさした違いもないような、と気を落ち着かせては見てもどう考えても迷惑度が跳ね上がっている。
 一応自分も術を使う側の人間と名乗っている手前、術技の使用でもと考えてみたものの、今そんな大仰なことはできないことを相手も知っているらしい。悔しいが後一歩踏み込まれたときにどう立ち回るかばかりを考えることにする。
 まだそいつは自分とそれを挟む壁に阻まれて近づくことはできないようだから。


「奇遇だな、こんなところで会うとは」

 首の一人が声をかけてきたが魔物と話す口を持ち合わせていないとばかり視線を逸らす。
 逸らした先にも見慣れた首一人が「私達偶然ここを通りかかりましてね」と笑った。
 結局もう一人が思い出せないがこいつは誰なんだろう。もしかしたら本当に知らないだけなのかもしれないと思ったので彼にも視線は合わせないようにした。


 ちなみに、比喩ではなく本当に目の前には壁。
 大柄でなければ大人一人通ることのできそうな穴が開いた壁の向こうにはどこかで見慣れた顔が二つとどこかで見たことだけはありそうな顔が一つあった。
 そしてこの手に握られているのは普段早々起こりえないような幸福を積み重ねて手に入れた、おそらく数年分の幸福を集約しているであろう金銭のアタリクジ。
 次第にこの異質な光景に壁のこちらと向こうに人が集まり始めているようだった。
 三人分の首のさらに向こうの景色がちらりと見えたが、一体三人が何を見ているのかを知ろうと近づいてくる顔ばかりのようだった。

 冗談じゃない、この期に及んでヤマタノオロチにまでなられてたまるもんか。

 飲ませて酔いつぶれたところを倒すらしいと聞いたことはあるが、そんな金がないからこそこの宝のクジを守っているのだ。
 そう言い聞かせてまた一歩壁から遠ざかるように後ろに下がったのだった。



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