「私なりに答えを用意してみた」
 
「言ってみろ」
 
「実は、今日はこの町で祭が行われる日だった」
 
「ほお」
 
「お前の怪行動は、その祭における行事の一環、ということでどうだろう。
 私に内緒で全力参加とは、恨めしい」
 
「アンタに怪行動とか評されると、無性に出家とか試みたくなるんだが。
 残念だが、こんな犯罪じみた祭事は聞いたこともねえよ」
 
「そうか。私は以前、『借り物競争』と言う行事に参加した経験があるが。
 大勢で近隣の町に押しかけ、民家にお邪魔して指定の品を拝借して回る。持ち帰った品を金銭換算した際の金額が一番高かった人が優勝、と。
 終盤は、それはもう盛り上がり、町中お祭り騒ぎで、今とよく似た状況になったものだが」
 
「……どこの盗賊団が、そんな粋な冗談考えちまったんだろうな……」
 
「違ったか。
 では、今回のこれは……………いや、私は他人の趣味趣向に口を出すつもりは無いが…」
 
「最初っから仕事だと言ってるだろう。
 頼むから、俺の発言を須らく聞き流した上で、アンタにとって楽しそうな展開を捏造するのはやめてくれ。
 それは、必然的に俺にとって最悪の展開なんだよ」
 
「そうか。それは残念だ。
 しかし、今回は……」

「……わかってる。
 アンタが言わずとも、状況は既に、最悪だ」
 
 
空色の想い(前編)

 
 
 それは、ある日のこと。
 ぽかぽかとお日様の暖かい、よく晴れたお昼のことでした。
 
 ある城下町のはずれに、町のすべてを見渡すことのできる、空のよく見える丘がありました。
 
 心地よい風の吹く小高い丘には、小さな石碑がひとつだけ。
 その石碑をはさんで背中をあわせて、ふたつの人影がありました。
 
 ひとつは旅人で、ぐったりと石碑に背中を預け、苦虫を噛み潰したような表情で、それはもう心底面倒くさそうに、お話をしていました。
 それは、とても滑稽で、間抜けでくだらないお話でした。
 お話の聞き手は、晴れた日の空の色の服を着た女性でした。
 女性はただ、静かにその物語に耳を傾け、時折、おかしそうに肩を震わせて笑ったりしました。
 女性は、とても暖かい気持ちでした。
 
 お昼の青空は、いつの間にか薄く橙に染まり、西日がふたつの影を長く地面に映していました。
 
 そして、茜に染まる空を見上げ、物語の語り手は一息つくと、立ち上がりました。
 別れの挨拶をして、背を向けて町へと向かい歩き出そうとした旅人は、その服の袖を女性がそっと掴んだことに気づき、少し困ったような表情をして、振り向きました。
 女性は旅人に、ページの開かれた手帳をそっと渡しました。
 
 
 
 
 
 その日の夕刻、空は茜色から藍色へ。輝きはじめた月と、街灯と家の窓の明かりが町を照らし、レンガ造りの大通りにも、人の姿が少なくなってきた頃でした。
 
 大通りの一角の織物屋の工房で、ひとりの少女が、薄明かりの中で機織をしていました。 
 少女は朝から店に立って織物を売り、そして外が暗くなってなお、こうして機織を続けていました。
 
 そのとき、『閉店』と書かれた札の掛かる工房の扉を、誰かがノックしました。
 
 少女は機を織る手を休め、扉へと向かい、問いかけました。
 
「どちらさまですか?」
 
「怪しいものではありません。
 あなたを、お迎えにきました」
 
 少女が聞いたことのない声が、扉の向こうから、そう答えました。
 少女はすこしだけ困った顔をして、それから再び問いかけました。
 
「怪しい人なんですね。
 不法侵入と窃盗未遂か誘拐未遂で警官を呼びますよ」
 
 少女に迷いはありませんでした。かなり防犯意識はしっかりしているようです。
 それに対し、扉の外の不審者は、ひとしきり小声で愚痴を漏らした後、こう言いました。
 
「帰りましょう。門限はとっくに過ぎましたよ」
 
 少女は扉の外の不審者が、突然何を言い出したのかと驚きました。
 そして、何故だか親に叱られているような気になり、慌てて言い返しました。
 
「門限なんてないわ。
 わたしは、ひとりで暮らしているもの」
 
 扉の外の不審者は、哀しげに息をつき、再び少女に語りかけました。
 
「あなたは今日、熱があるのでしょう。
 こんな時間まで無理をするものではありませんよ。
 お家に帰りましょう」
 
 少女は再び驚きました。
 確かに、少女は熱で重い体で、無理をして仕事をしていました。
 しかし、少女はそれを誰にも言いませんでした。
 
「あなたには関係ないわ。
 わたしには、まだ明日の準備が残っているの。
 警官は呼ばないであげるから、あなたこそ帰ってください」
 
 あせる心を抑えて、少女は強気にそう言いました。
 
 そして、扉の向こうの不審者は、
 
「は!?いや、ちょっ…!?
 まてっ!それは不味いだろうっ!!」
 
 という謎の叫びの後、全力で、厚い木の扉を蹴破りました。
 そして、そのまま少女の工房へ押し入ると、少女を抱き上げて、店の外へと駆け出しました。
 
 それは、まるで突風のような早業の、たいへん見事な誘拐でした。
 
 
 
 
 
 少女を抱えた不審者は、店の外で待っていたもうひとりの不審者と共に、夜の大通りに飛び出しました。
 不審者あらため誘拐犯は、少女を抱えているとは思えない程の速度で、風のように駆けました。
 その後を、犯行に気づいた町の人々がひとり、またひとりと追いかけはじめました。
 口々に罵声を張り上げながら誘拐犯を追う人の波は、ながくながく続きました。
 
 少女は未だ熱でぼんやりとしたまま、誘拐犯の肩越しに、少女を助けようと追いかける人々を眺めて、まるでお祭のパレードのようだ。と思いました。
 そして、少女が誘拐犯を盗み見ると、大変不気味なことに、その横顔はひどく嬉しそうに見えました。
 さらに気味の悪いことに、人々に追われながら風のように駆けているのに、少女を抱き上げる手は、何故だかとても優しいものでした。
 
 でも、一番気味が悪いのは…。少女は思いました。
 何故だか、この場所を居心地良いと感じてしまった、彼女の心でした。
 
 
 
 
 
 そして、大通りから町のはずれまで、夕闇の中をパレードは全速力で駆け抜けました。
 
 先頭を走る誘拐犯は、急に進路を大通りから細いわき道へと変えて、狭い通路へと駆け込みました。
 少し後ろを走るもうひとりの不審者に、付近のお宅玄関から拝借した大きめの人形を投げ渡すと、「あとは頼んだ」と、無情にも正義感溢れる町の人々の待ち構える大通りの方へと蹴り出してしまいました。
 そして、誘拐犯はなんの迷いも無く、入り口の扉を開けて、少女の家に飛び込みました。 
 
 
 鍵を閉めた扉の向こうからは、相変わらず町の人々の怒声。
 囮役を押し付けられたもうひとりは、律儀にもその役を果たしてくれたのか、人々の足音と怒鳴り声は、だんだん遠く小さくなって、消えました。
 
 誘拐犯は、少女をそっと床におろすと、真っ暗だった部屋に明かりをつけて、我が物顔で部屋に上がり込みました。
 そして、成り行きを呆然と眺める少女をそのままに、当然のように厨房へと向かうと、なぜだか料理の準備をはじめました。
 
「…なにをしているの?」
 
 おそるおそる、尋ねる少女に、誘拐犯は優しく微笑みかけました。
 
「夕食を作るのですよ。今夜はひどく寒いから、あたたかいシチューにしましょうね」
 
 
 
 その夜、誘拐犯と少女はふたり、暖かい夕食を一緒に食べました。
 
 誘拐犯はそれは気味の悪いことに、夕食の間ずっと少女の事をたずねていました。
 少女は不気味に思いましたが、誘拐犯のたずねる声があまりに心配そうだったので、仕方なく、誘拐犯に答えました。
 ひとりでも仕事をしていること、町の人がときどき世話をしてくれていること、たくさんたくさん話しました。
 
 
 
 夕食を終え、ベッドで眠る少女に、誘拐犯は優しく物語をしました。
 それは、とても滑稽で、間抜けでくだらないお話でした。
 
 少女は、とても暖かい気持ちで眠りにつきました。
 彼女がこの家にひとりになってはじめての、楽しい夢を見た日でした。
 
 
 
 朝、少女が目を覚ますと、部屋には誘拐犯の姿はありませんでした。
 かわりに、枕元にはお日様の香りのする空色のマフラーだけがありました。
 
 それは、毎年少女の誕生日に母から贈られる、少女と母が大好きな晴れた日の空の色のプレゼントでした。
 
「おかあさん…っ」
 
 少女は、マフラーを抱きしめて、声を上げました。
 
 本当は、優しい笑顔に、抱き上げる手のあたたかさに、少女はずっと前から気づいていました。
 
 
 
 少女が部屋を出ると、非常に気まずそうな顔をした昨日の誘拐犯が立ち去ろうとしていたところでした。
 もう仕事は終わったから、邪魔したな。と早口で言って立ち去ろうとした誘拐犯の服の袖を、少女がそっと掴みました。
 そして困ったように振り向いた誘拐犯に、少女は言いました。
 
 
「誘拐犯さん、あなたに仕事を頼みたいの」
 
 
 

⇒後編へ続く

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まさかの前後編orz